お母さんが買い忘れていた玉ねぎを近所のスーパーで買った帰り、私はメインストリートとは名ばかりの狭い片側一車線の脇道を、玉ねぎの入ったビニール袋を揺らしながら歩いていた。
道をひとつ入ってしまえば宅地と田んぼの広がる城岩の大通りには、夕食の支度をしている家々から漏れてきた、お出汁やお醤油の入り混じった優しい匂いが満ちている。
慌てて飛び出してきたから聞きそびれていたけれど、今日のおかずはなんだろう。お肉にお魚、たくさんあるお母さんの得意料理を思い浮かべながら浮かれ気分で歩いていた私は、ふと、目の前に現れた見慣れた横顔に思わず足を止めてしまった。
坊主よろしく短く刈り込まれた髪、同い年とは思えない立派な肩、見間違える筈がない、この春転校してきたばかりの川田くんが、そこにいた。
だがその瞳が、いつもの彼とは違っていた。漆黒の瞳が、教室にいるときのよう大人びた色ではなく、純粋な驚きに染まっていたのだ。それに気付いた私は、彼の視線の先に目をやって、その理由を即座に理解した。確か彼は、都会から越してきたんだったっけ。
「この辺じゃふつうのことなんだよ」
私がそう声をかけると、川田くんは道路の先にずっと続いていた渋滞から、――正確には、その渋滞の原因を作っている田植え用のトラクターから、視線を外した。いつもは鉛のように無機質な瞳が、春の夕日を取り込んできらりと光る。
「びっくりした?」と尋ねると、彼はちょっと肩をすくめて「ああ、あんまり、見慣れてなくてな」と低い声で言った。
その瞬間、彼の右手に握られていた、私と同じスーパーのビニール袋ががさりと音をたてた。
川田くんっておうちの買い物とか手伝うタイプだっだんだ! そのことを知った瞬間に、川田くんに感じていた漠然とした恐怖が一気に消えてゆく。
なに買ったの? 夕飯なに? ていうかどの辺に住んでるの? 農家のおじいちゃんがのろのろと運転するトラクターに辟易とする乗用車のドライバーと同じような表情を彼が浮かべるまで、私は浮かんでは消えてゆく疑問を次々と口にした。
霜止出苗;しもやみてなえいずる
霜が降りるのが終わって、稲の苗が成長する季節
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