「名前ー!!」と、聞き慣れた大きな声が私を呼んだ。
振り返ると、自転車に乗った翔ちゃんが、道の向こうに小さく見えた。物心ついたころからずっと隣にいたオレンジ色の頭が、ママチャリとは思えないスピードでこちらに近付いてくる。
きゅっと高い音をたてて止まった空色の自転車から降りた翔ちゃんは、そのまま当然のように私の隣に並んで歩き出した。
こうして一緒に帰るのは、実に一カ月ぶりだろうか。
なんだか久しいなあ、と思ったのは、一瞬。
彼は挨拶もそこそこに、息巻いて近況を語りだす。私は、彼のその勢いにあっという間に飲み込まれてしまった。
彼の口から零れてくるのは相変わらずバレーボールのことばっかりで、私は最後に一緒に帰った中学の卒業式の続きがぽんっと始まったような錯覚にとらわれた。今日まで一カ月、翔ちゃんのいないひとりの帰途をどうやってやり過ごしていたのかわからなくなってしまうくらい、懐かしい気持ちでいっぱいになる。
太陽みたいな笑顔、小柄な体いっぱいで示すバレーへの愛情。変わらない彼を見られたのは、嬉しい。しかし、また明日の帰り道に私はひとりだ。
私のそんな機微に気付いたのか、翔ちゃんは私をじっと見つめながら「なんか今日の名前、変」と呟く。
その瞳に射抜かれた私は、思わず言葉を失ってしまった。私の知っている翔ちゃんは、私が少しくらい落ち込んでいてもちょっとやそっとじゃ気付かず笑っているような男の子だったはずだ。
道沿いに広がる田んぼで鳴いていた蛙たちが、一斉に静かになる。しん、と静まり返った夕闇の中に、「名前?」という翔ちゃんの少し怪訝そうな声がぴんと響いた。
蛙始鳴;かわずはじめてなく
立夏をむかえ、蛙が大きな声で鳴きはじめる季節
※「蛙」は旧字がweb表示できなかったため、新字を充てています。
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