隣の席の犬岡のお腹が盛大に鳴る。
彼のお弁当は、一時間目が終わると同時に彼の口の中に姿を消していた。この時間はまだ購買も開いていない。一年生にしては大きなその体を机に投げ出して、犬岡はううううと呻った。……よっぽどお腹が空いているらしい。

「犬岡、」

見かねた私は、鞄からお菓子を取り出して、犬岡に与えることにした。本当は、お弁当のあとに仲のいいみんなでつまもうと思っていた、手作りのパウンドケーキ。
私の声に反応して机に伏していた顔を上げた犬岡は、私がタッパーの蓋を開けた途端、そのまん丸な瞳を見開いて、私を見た。きらきらと期待に満ちた眼差し。

「あげる」

私の言葉を聞くが早いか、彼は「ありがとう!」と言ってその大きな手をこちらに伸ばしてきた。ケーキを一切れ掴んで、口に入れる。もぐもぐと咀嚼しながら、「うまい!おいしいよ!」と言った犬岡に、私は「どうも」と苦笑を返した。
物を口に入れたまましゃべっちゃだめだよとか、うまいとおいしいは同じ意味なのになんで言い直したのかとか、言いたいことは幾つかあったけれど、犬岡の邪気のない笑みの前では、どれもうまく言葉にならなかった。

あっという間にケーキを食べてしまった犬岡が居住まいを正して「あの、苗字さん、、あのさ、」となにやらもごもごと口ごもる。

私はまごつく彼の望みが、なんとなく分かってしまった。
タッパーを差し出して「いいよ」と言う。犬岡の嬉しそうな顔に、私もつられるように笑った。


蚕起食桑;かいこおきてくわをはむ
蚕が桑の葉を盛んに食べ、大きく成長する季節




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