梅雨なんだから傘くらい持ってくれば。なんて可愛くないことを言ってしまったせいで、短気な彼の機嫌は損ねられてしまったらしい。私が高く掲げていた傘から無言のまま抜け出して、濡れたアスファルトをずんずん歩いてゆく。

私は慌ててその背中を追った。「ちょ、沼井、」と言って走って彼に追いつき、黒い背中に傘を差し掛ける。
沼井は緩く波打った前髪の隙間から私を一瞥して、その眉間にぐっと皺を寄せた。桐山ファミリーの参謀に相応しい剣幕に思わずたじろぎそうになるのを、何とかこらえ、その瞳を睨み返す。雨粒が傘を弾く音が、険悪な私たちの間に場違いに軽快に響く。

ちっ、と小さくない舌打ちをした沼井は、ふいっと私から視線を外し、そのまま歩き出した。しかしその歩調は先程よりも随分と穏やかで。私はまた何か言って彼の機嫌を損ねてはたまらないので、だんまりを決め込んだまま隣に並び、傘をその頭上に差しかけながら歩く。
私たちの間に満ちた沈黙が、この雨の中では却って騒がしかった。学校指定の白いスニーカーがぴしゃりと水を跳ね上げた細い音すら、はっきりと私の鼓膜を揺らす。長雨の中で梅の実が黄色くなってゆく幸福な音も、今ならきっと聞こえるだろう。


梅子黄;うめのみきなり
梅の実が黄ばんで熟す季節




ALICE+