夏は好きじゃない、と言うフブキちゃんをなんとか口説き落としてようやくやってきた海には、彼女の髪の毛と同じ漆黒がさざめいていた。
私は靴を脱いで、砂浜の上を波打ち際へ歩いてゆく。満月に近い大きな月が投げかける白い光を受けた飛沫が、暗い海面で僅かに輝く様子は、静かな夜の海に相応しく美しい。

「フブキちゃんもこっちおいでよ」

夏が嫌いな彼女と、どうしても海に行きたい私の意見をうまく折衷して深夜の海にやってきたと思っていた私は、浜の入り口付近にあった岩に背を凭せ掛けてすらりと長い手足を遊ばせている彼女に思わず肩を落としてしまった。
せっかく海にやってきたのだから、もう諦めて私と一緒に遊んでくれればいいのに、彼女は私の言葉を無視して、岩場から私のことを眺めるだけ。

「ねえってば」

駄々っ子のようにそう言っても、彼女は動かなかった。
諦めなければならないのは、どうやら私の方らしい。私はぱしゃぱしゃと飛沫を散らしながら波打ち際をひとり、歩いてゆく。来年は、足元で跳ねるこの白い真珠を二人で眺めることが出来るといいんだけれど。そう思った私の隣を、まるで秋のように涼やかな風がさあっと吹き抜けていった。


涼風至;すずかぜいたる
立秋をむかえ、涼しい風が立ちはじめる季節




ALICE+