試合の疲れと、無事に一次予選を突破した安心からか、バスの中で眠りこけていた選手たちが欠伸を噛み殺しながらバスを降りてゆく。私はそれを微笑ましく眺めてから、だれもいなくなった車内に忘れ物がないかをチェックして、最後にバスを降りた。
まとわりつく湿気に顔をしかめた瞬間、どこか遠くの方からひぐらしの鳴く声が聞こえてきて、私は思わず足を止めてしまう。学校の裏手に佇む名前も知らない山を見上げると、さっきまでさんさんと輝いていたと思った太陽が、その稜線に燃える体を沈めようとしていた。

朱色に染まってゆく山際に視線を注ぎながら私は、ひぐらしの声に耳を傾ける。夏の夕暮れに必ず聞こえるその声を、そういえば今年はまだ聞いていなかった。
きっと彼らは昨日も、一昨日も、こんな夕暮れの中で鳴いていたのだろう。けれど昨日までの私はもっと別のことに必死で、それに全然気付いていなかった。

「おい名前、ぼーっとしてねえで手伝え!」

ノヤの声にはっと我に返った私は、暮れてゆく空から視線を外す。小さな体で大きな荷物を背負った彼のもとに駆けてゆきながら「ごめん」と言って、地面に並べられたナイロンの包みのひとつを手に取った。

「ひぐらし、鳴いてるなあと思って」

荷物を持った私は、そう言ってから彼の隣に並ぶ。するとノヤは一瞬きょとん、と私を見つめてから、ついさっき私がやったように山の方に視線を向けた。きっとノヤも、この馴染みの音を今年初めて聞いたに違いない。

でもきっと明日からはまた、蝉の声なんて聞こえない毎日が始まるのだろう。
次にこの物悲しい鳴き声を聞くのは、来年の今日でいい。


寒蝉鳴;ひぐらしなく
夏の日暮れに、ヒグラシの鳴き声がわびしく響く季節




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