蛭魔くんとオトモダチになったその日に、私は初仕事を命じられた。
明日の放課後までに、レシーバー募集のためのチラシを作らなければならないらしい。私が「レシーバーってなに?」と尋ねると、彼はぽかんと呆けたように口を開けて私を見たが、それも一瞬のことで、すぐにめんどくさそうに片方の眉を持ち上げる。
それから唐突に私の左手を掴んで、ただ一言、「来い」と言った。
「え? ちょ、えっ?」
脚の長い蛭魔くんについていくのに必死な私は、抗議なんて口にする間もなく校舎脇に連れて来られた。ブロック造りの建物の前まで来た彼は、そこでようやく私の左手を解放する。強く握られて少しだけ痛かった左手を軽くさすりながら蛭魔くんを窺い見ると、彼は扉に手をかけたまま鋭い視線をこちらに寄越していた。
早くこちらに来いと言われている気がした私は、彼を刺激しないように小走りでそちらに近付く。すると蛭魔くんは私に投げ掛けていた視線を少しだけ緩めてから、その扉を開けた。
中は、カジノだった。
「えっ?」
ここ、学校だよね? 思わず口をついて出てしまった声に、既にカジノに足を踏み入れていた蛭魔くんがこちらを振り返る。
そして小さく舌打ちをして、入口に留まる私の元へ戻って来た。そして再び私の手を掴んで、カジノの中へずんずん入って行く。スロットの脇を抜け、カジノの中央にあるテーブルの近くまで引っぱられた私は、そこにいた人たちの視線を一身に浴びながら蛭魔くんの後を追う。
追いながら、私は、今度は彼に掴まれている左手首が痛くないことに気付いた。つい先刻、彼が左手首をさすっている私をじっと見ていたのは、もしかしたら私を急かしていたのではないかもしれない。それは仮定に過ぎないけれど、私は自分の胸にあたたかいものが広がってゆくのを確かに感じた。なんだ、意外と優しいところもあるんだな。そう思って私は、手首を握る長い指を見つめて、誰にも見られないように少し俯いて微笑んだ。
私をカジノの奥まで引っ張り混んだ彼は私の手を解放して、そこにいた人達に短く私を紹介した。
「チラシ係だ」
簡潔すぎやしないか、と少し思ったが、その一言で私と彼の間にある支配被支配の関係は充分に伝わったらしい、私に向けられる視線がやや憐れみの篭ったものに瞬時に変わった。流石、彼と一緒にいる人達なだけあって理解が早い。私はその視線に、小さく苦笑を返すことで応えた。
それから蛭魔くんは自己紹介しろというように私の背中をばしりと叩く。その勢いに押された私は小さく2歩程よろけるように前に出てしまう。
少しの不安から蛭魔くんにちらりと視線を遣ると、彼は不敵な笑みを浮かべて私を見ていた。私が困ってるのを見て楽しんでいる、のだろうか。私は彼に対する少しの反抗心を自分の中に感じながら、自己紹介をするべく口を開いた。
「えっと、苗字名前です、善意のチラシ係です」
善意の、の部分を強調してそう言ってから、私はぺこりと頭を下げる。
それを聞いた蛭魔くんは「ケケケ」と愉快そうに笑った。その笑い声がなんだか可笑しくて、私も釣られるように「ふふふ」と笑った。
ここがどこなのか、私が自己紹介をした人達は誰なのか、蛭魔くんからはなんの説明もないけれど、なんとなく、なんとかなる気がした。
左手首に残る僅かな感触が、根拠のない自信を私に与えていた。
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