ちょっと回り道して帰りませんか?と言った彼の言葉のままに、大通りから道をふたつばかり入った、小さな川沿いの道を歩く。大通りと言っても、土地が余って車道ばかり広い田舎の国道だ。それを一歩外れてしまえば、田畑が広がる牧歌的な風景が広がっている。
こんな田舎に暮らす私に買われてしまった彼は、しかしこのなにもない風景に愚痴ひとつこぼさなかった。「もっと都会の人の所がよかったよね」と言ってしまった私に、彼は「俺は歌えればそれでいいんです」と言ってへにゃりと笑っただけだった。
「今年も綺麗ですね、マスター」
金色に色付いてゆく稲穂の海を眺めるカイトが、その瑠璃のように美しい瞳を柔らかく細める。
「俺、この風景、すごく好きです」
「カイトは何を見てもそう言うね」
「はい。マスターの育った町だと思うと、全部、、なんていうか、すごく、綺麗に見えるんです」
稲田を渡ってきた風が彼のマフラーを大胆に揺らして、山裾の方へ駆け去ってゆく。その風は、晩夏のかおりを孕んでいた。
――私は、今までこんなに鮮明に夏の終わりを感じたことがあっただろうか。
「私は、カイトのいるこの町がすき」
「俺も、マスターのいるここがすきです」
「ありがとう」
帰ったら、夏が終わるまでにまたひとつ曲を作ろう。このなにもない町も、あなたと歌があるなら悪くない。
禾乃登;こくものすなわちみのる
稲穂が実り、次第に金色に色付いてゆく季節
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