「あれ、苗字さん?」
自分を呼ぶ声につられて振り返ると、そこにはクラスメイトの小早川くんがいた。まだ朝練を始めるにも早いこんな時間に、小早川くんはこんなところで何をしているんだろう? そう思わないでもなかったが、しかし、今の私には彼にそれを尋ねるだけの余裕はなかった。
私は彼に「うん、おはよ」とだけ言って、視線を彼から外す。正門脇の土手に体操座りをするように座り込んでいた私は、そのまま膝の間に顔をうずめた。草の露でスカートがじっとりと湿っているのが下着越しに分かったが、私はそれを無視して小さく小さくうずくまる。
「わ、ど、どうしたの!?」
彼のそんな慌てた声が私にかけられた。いつも教室で見かける彼はもっと、大人しくて、どちらかというと気弱な男の子だった筈だ。なのに、私にかけられるこの声は、たどたどしくどもってはいるけれど、どうしてだかどこかしっかりとした、頼りがいのある響きをたたえているような気がする。
(それは、私がこんなどうしようもない気持ちにかられているからかもしれないけれど、)
「……小早川くん、」
私が彼の名前を呼ぶと、彼は朝露で湿った地面にためらうことなく膝をついた。白く濡れた緑が、彼の膝を音もなく受け止める。
「な、なに?」
「……なんか、ありがとう」
「、え?あ、いやその、、うん……?」
小早川くんにしてみれば、私が部活のレギュラーを外されたことなんて知る由もなくて、それに彼にとっての私はただのクラスメイトに過ぎなくて、きっと、私と彼の人生が交わることなんてこの先数えられるだけもありはしなくて。
けれど、私は彼が同じ白露で制服を汚してくれたことが、なぜだか無性にうれしかった。膝に埋めていた顔をおずおずと上げると、草に付いた露の玉が朝の光に照らされて水晶のように輝いていた。
草露白;くさのつゆしろし
草花の上に朝露が降り、白く涼しげに光る季節
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