すっかり煙草の匂いの馴染んだ店内でぼんやりしながら烏養さんの帰りを待っていると、烏養さんの代わりに滝ノ上さんが現れた。滝ノ上電機のエプロンを着けた彼は、「おーっす」と言いながら坂ノ下商店の扉を開け、そこに馴染みの金髪の店員ではなく私がいたことに少し驚いたような表情を見せる。

「ありゃ、苗字じゃん、配達か?」
「はい。滝ノ上さんは点検です?」

坂ノ下商店の電気製品のほとんどは、安心のアフターサービス・滝ノ上電機のものらしい。たまに滝ノ上さんがこうして製品の点検に来ていることは、烏養さんから聞いていた。しかし、私と滝ノ上さんはなかなか仕事のタイミングがかぶらないのか、坂ノ下で鉢合わせをしたことはなかった。珍しいこともあるものだと思いながら、私は店番をする代わりに烏養さんから頂いたお茶をすする。
「おう。てか、あいつは?」と烏養さんの所在を尋ねる滝ノ上さんに、私は「なんか急な配達がって言って、私に店番押し付けてどっか行きました」と少し苦笑まじりに答えた。

「そりゃあ災難だなあ」
「全くですよ、暇じゃないのに。あ、滝ノ上さんもお茶いかがですか?」

レジの脇にあるホットドリンクのケースからペットボトルのお茶を取り出すと、滝ノ上さんは「お前いいのかよ」と困惑したような表情を浮かべる。

「いいでしょう、今は私がルールなんで」

これくらいしないと気が収まりません。と言ってお茶を渡すと、滝ノ上さんは「相変わらずくそ生意気だなー」と笑って、軽く私の頭を小突いた。
滝ノ上さんがお茶の封を切って口を付けたのを確認した私は、「いやあ、先輩たちのおかげですよ」とおどけた調子で言ってにやりと笑い、立ち上がる。

「滝ノ上さん、飲みましたね?じゃ、あとの店番お願いしゃす!」

ぽかん、と私を見つめたのは一瞬、滝ノ上さんはすぐさま「あっ、てめ!」と抗議の声を寄越したが、私はそれに右手をひらひらと振って応えるに留めた。

「すみません、私忙しいので! 今度加湿器買いに行くんで、許してくださーい」

既に烏養さんからサインを貰っていた納品書の控えとペットボトルのお茶を持って、私は店を飛び出した。さ、もう一仕事。


玄鳥去;つばめさる
春先にやって来たツバメが、南へと帰ってゆく季節




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