この道を通るのは、いつ以来だろう。裏口を出て、用水路を飛び越え、田んぼの畦道を駆ける。全く整えられていない田舎の裏道は、彼の家への近道だった。
昔は、よくこの道を通って互いの家を行き来していたっけ。小学校の帰りに遠回りをして二人で見つけた、私たちだけの道。

歳を重ね、用水路を飛び越えなくなった私は、少し遠回りだなと思いながら舗装された道を通って彼の家を訪ねるようになっていた。
けれど今は、そんな悠長なことはしていられない。恥も外聞も捨てて、私は走る。

右手に広がる稲穂の海が、淡い曙色の朝日をうけて金色に輝く。きっとこれは吉兆だ。少なくとも私にはそう思えた。
全国大会への切符を賭けて猛者たちと戦う彼へ、私はどうしてもこのお守りを渡したかった。彼らの勝利を祈って一針一針に願いを込めた、黒とオレンジのツートンカラーのそれ。彼が家を出る前に、一目でいい、会いたい。会って、がんばれと言って、これを渡したい。

どこからともなく吹いた風が、金色の海と私の髪を揺らしてゆく。まるで生き物のようにその腹をうねらせた稲穂の向こうに、りりしい坊主頭が見えた。


水始涸;みずはじめてかるる
稲が実り、収穫のために田んぼの水を落とす季節




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