「せんせーお久しぶりですー!」
赤紅色のジャージを着た猫又先生に挨拶をして、「はいこれお酒」と言って右手に持っていた紙袋を渡す。先生はもともと細い目を更に細めて「また気が利くねえ」と笑って、それを受け取った。
縦長の紙袋から濃い茶色の瓶を取り出した先生は、そこに貼られた黒いラベルを見て「ほう」と唸る。日高見、磨き50%の辛口純米吟醸酒『弥助』。
「お刺身とか、お寿司に合うお酒ですので、よかったら」
「そうかね、じゃあさっそく今夜直井でも引っぱって行くか」
直井が顔を真っ赤にしてぐい呑みをあおる姿を一瞬で想像した私は、「ほどほどにしたげてくださいね」と言って、先生と笑い合った。東京出張のたびにお酒を持って現れる私を、猫又先生はあの時と変わらない笑顔で迎えてくれる。
「そういや、今度はいつまでいるんだ?」
「年末くらいまで」
「こりゃまた長えなあ」
「はい。もうこっち勤務にしてくれればいいんですけどねえ」
いけない、少し愚痴っぽくなってしまった。と思った瞬間にはもう遅かったらしい。先生はあの独特の鋭い笑みを浮かべて「苗字もいろいろあるみてえだなあ。今夜どうだ。一緒に行くか」と言いながら、酒を袋に収める。
……まだまだだなあ。もうだいぶ社会にも慣れて、うまいことやっていけるようになった筈なのに、先生のこの人のいい笑顔の前だとついぽろっと本音が出てしまう。
「はい、ぜひ」
私がそう言ってぺこりと頭を下げると、先生は「おう。楽しみにしてるよ」と飄々と言って、またにやりと笑った。
鴻雁来;こうがんきたる
寒露をむかえ、北から雁が渡ってくる季節
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