森の朝は冷える。冬が迫りだんだんと細くなってゆく太陽の光が樹高の高い木に阻まれて届かず、空気がいつまでも冷たいからだ。
私は防寒のためにジャケットの前をぴったり合わせ、新調していたマフラーを下ろした。それから革張りのブーツに足を突っ込み、私の隣でくだを巻いているナタネさんを軽く叱咤激励する。

「もう、しっかりしてください! 今回は、洋館は調査対象外なんですから!」
「でもさ、洋館の前を通らないといけないじゃない?」
「森に着く頃には日の出の時刻です」

ハクタイの森の定期植生調査。その度におばけこわい病が発病する彼女を森まで連れて行くのが、私の一番の大仕事かもしれない。
私は彼女の首根っこを掴むと、「行きますよ」と言って、ハクタイの森を目指してずんずん歩く。街の目抜き通りを抜け、205番道路へ続く道に出る頃になってようやく、彼女は観念したように自分の足で歩き始めた。
最初からそうすればいいのに、と思いながらじとりと彼女を見遣ると、そうできるなら苦労しない、と言いたげな恨めしそうな眼差しが返ってきた。

舗装された道路を通り過ぎ、205番道路の小路を進み、予定の時刻に少し遅れて森の入り口に辿り着いた。街の東にそびえるテンガン山の山際が、東雲色に染まる。
私は、この瞬間が好きだ。朝日を浴びて、森が徐々に目を覚ます。

「うー、行くか」

やや嫌々ではあるが自分から森に入ってゆくナタネさんの背中を、苦笑しながら追う。そんな私たちの足元で、霜の降りた枯葉道が柔らかな陽光を受けてきらきらと輝いていた。


霜始降;しもはじめてふる
朝晩が一段と寒くなり、霜が降りはじめる季節




ALICE+