空一面を覆う、灰色の薄い雲。
昇降口で靴を履きかえた私は、それを見上げて、小さく顔をしかめながら前髪を撫でつける。
一昨日から、烏野の空はずっとこんな調子だった。ほんの少しの雨が降ったり止んだり。秋の終わりにありがちな、はっきりしないぐずついた天気。
私は、雨が好きではない。空気がたっぷりと湿度を含むせいで、くせのある私の髪が無様にうねって明後日の方を向いてしまうからだ。
「……潔子さんはいいよね」
前髪を撫でつける手を止めることなく、後ろで靴を履きかえている友人を振り返る。すると彼女は、脱いだ上履きを下駄箱におさめてから、「なにが?」と小さく首を傾げた。雨が降っても風が吹いても決して乱れることのない魔法のように美しい黒髪が、さらりとか細い音をたてて彼女の肩にかかる。
「髪の毛、とっても綺麗で」
前髪を押さえる私の右手を見た潔子さんは、私に釣られたのか、自身の前髪をちょいちょいと直す。それから、綺麗な声でこう言った。
「私は名前の髪、すきだけど。柔らかくてかわいい」
私たち以外に誰もいない昇降口に、彼女の凛とした声がはっきりと響く。
彼女はいつもこうだ。その唇から紡がれる簡潔な言葉で、いとも簡単に私の心をさらってゆく。
「……かわいくない、すきじゃない」
真っ直ぐこちらに向けられた漆黒の眼差しが、なんだか恥ずかしくて、私は彼女から視線を逸らして絞り出すようにそう言った。
本当は、彼女の一言で自分のくせっ毛を少しだけ好きになっていたのだけど、それを認めてしまうと、隠しておかなければならない感情が堰を切ってあふれてしまいそうだった。
けれど、聡い彼女は私のついた嘘なんて簡単に見抜いているに違いない。くすりと笑って軽やかに私を追い越すと、淡い水色の傘を広げて灰色の空の下に踊り出した。
「帰ろ」
いつの間にか降りだしていた猫の毛のように柔らかな雨が、彼女の傘をしとしとと濡らしてゆく。私は前髪を撫でつけるのをやめて傘を開くと、潔子さんの隣に並んだ。
霎時施;こさめときどきふる
晴れ間が次第に少なくなり、時雨が降りはじめる季節
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