生徒会の先輩に頼まれた書類を届けるためにアメフト部の部室に行ったら、半裸のクラスメイトと遭遇した。人目を引く鮮やかな金の髪を揺らして、「お、苗字じゃ〜ん!」と言いながらこちらに近付いてくる彼。

「……水町くん、寒くないんですか?」
「へ?」

片手を上げたポーズのままきょとん、とした表情でかたまってしまったクラスメイトに、私は「ごめん、なんでもない」と早口に謝って、部室の中を見回した。
この書類を渡せる人が誰かいないかと思ったのだが、残念なことに、今この場には私と彼の二人しかいないらしい。

きちんと期限までに提出しなければならないこの書類を、水町くんに託すべきか否か。教室での彼の様子を思い浮かべた私は、一瞬たりとも逡巡することなく、誰か別の人が来るまで待つことを決めた。

部室のすみに立って、時計を見遣る。今日はそんなに仕事も多くないから、少しくらい待つことになっても全く問題ないだろう。

生徒会室と違って暖房器具のないプレハブ棟は、思っていたよりも足元が冷える。時計の秒針が進むのを見ながら両足を擦り合わせてかすかな暖を得ようと苦心していると、不意に水町くん(なぜかまだ半裸のまま)が「あ、そういうことか!」と言ってこちらに駆け寄って来た。

「、え?」

身構える間もなく、ばさり、という音とともに布状の何かが頭にかけられた。え、一体なに?驚いた私の手から書類が落ちて、勢いよく床に散ってゆく。
「あ、」と声をもらした私は、大切な書類を追って膝を折ったのだが、そんな私の頭上にまたもやばさりと派手な音をたてて何かが被せられた。それに視界を阻まれた私は、バランスを崩して冷たい床に膝から崩れ落ちてしまう。
私は「もう、水町くん、なんなの!」と声を荒げて、被せられた布をはぎ取った。

目の前に現れたのは、心配そうな顔をした水町くん。そして、私の手の中にあったのは、深い紺色をした巨深高校の学ランだった。

「わりい苗字!」

大きな手をぱちんと合わせて、盛大に謝罪する彼。面食らった私が何に対する謝罪なのかを確認するより早く、彼は私の手の中にあった学ランをさっと奪うと、それをもう一度、私の肩にかけた。

「寒かったなんて全然気付かなかったからさあ」

大きな体をすまなそうに丸めた彼は、そう言いながら私が立ち上がるのを手伝うと、そのまま床に膝をついて書類を拾い始めた。

「あ、ちょ……」

私がやるからいいよ、と彼を止めたのだが、水町くんは「いーからいーから」と言って、にこにこ笑ったままアメフト部宛の書類を拾ってくれた。

「ほい」
「あ、りがとう」

差し出された書類をおずおずと受け取ると、彼は「そんだけでへーき? まだジャージとかあるけど」と言いながら、また大量の布を持ってこちらにずんずんと近付いてきた。

「だだ大丈夫です、ありがとう」

また先程の二の舞になっては適わない。肩にかけられている学ランの前をかき抱くように合わせて、これで充分だということをしっかりと告げる。
私は、そうしてようやく、この学ランの丈が、私が着るとまるでロングコートほどもあることに気が付いた。

私は改めて、半裸のクラスメイトを見遣る。ごく軽い口調で「そっか」と言い、鼻歌まじりにジャージをしまう水町くん。

これ、あなたの学ランですか?

なんで水町くんがこんなによくしてくれるのか、私にはさっぱりわからない。しかし、彼のおかげでもう寒くないことだけは、はっきりとわかった。


地始凍;ちはじめてこおる
霜が一層濃くなり、大地が凍りはじめる季節




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