数えきれない人でごった返す境内もなんのその。ヒル魔の「行け! 栗田!!」という掛け声とともに前進を始めた巨体の陰を歩いてゆけば、お正月の神社も快適そのものだ。
押し退けられたことに不快そうな表情をする参拝客も、あでやかな振袖姿のまもりさんが申し訳なさそうに「すみません」と声をかければ、「いや、大丈夫ですよ」と笑顔になる。
その様子を見ていたヒル魔は、「ケケケ、ちょろいもんだな」と高らかに笑った。
愉快そうに揺れる金の髪。それを横目に見ながら私は、小さくひとりごちる。
「……私たちに振袖を用意してくれてたのはこのためだったのか」
私服で待ち合わせ場所に現れた私とまもりさんを出迎えてくれたのは、上等な振袖とプロの着付け師のみなさんだった。私たちは、にやりと笑うヒル魔を訝しむ間もなく、あれよあれよという間に髪まで綺麗に結い上げられてしまって、今に至る。
ヒル魔が善意でこんなことをするはずがない! とふたりで疑惑の視線を向けた時も、彼はなんの説明もくれなかったのだが……しかし、これでようやく合点がいった。
なるほど、振袖を着た私たちをこんな風に使ってやろうという魂胆だったわけだ。
私のじとりとした視線に気付いたヒル魔が、とげとげしい金の髪を揺らしてこちらに視線を寄越す。
「さぼってねえでテメーも働きやがれ」
当然のように悪びれる様子もなく、彼はすぱっとそう言い放った。
私はそれに、わざとらしいため息でもって答える。
「はいはい、この糞悪魔さん」
ヒル魔の十八番を奪うようにそう言って、まもりさんとは反対側、栗田の右側に草履を履いた足を向けた。履き慣れない底の高い草履に苦戦しながら石畳を踏む自分の健気さに、思わず自嘲めいた笑みがこぼれる。
ああ、なんてよろこばしい新年のはじまりでしょうか。
結局私は、ヒル魔には逆らえない。彼の髪と同じ鮮やかな黄色のたもとを揺らして、私は今年も彼のためによろこんで使われるのだ。
雪下出麦;ゆきわたりてむぎのびる
降り積もった雪の下で、麦が芽吹く季節
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