うどんを少し長めに温めて、あたたかいかけ出汁をかける。お金のない学生にはありがたい天かすをたっぷりかけて席に向かうと、既にうどんをすすっていた秋也と慶時が湯気の向こうからちらりとこちらを見た。
「ごめん、待ちきれなくてさ」
ぎょろりとした印象の目を申し訳なさそうに少し細めた慶時に私は「ううん、のびちゃうからね」と軽く言ってから、彼らの向かいの椅子を引いて、さっとそこに座る。
いりこ出汁の独特のかおりが満ちる店内に、秋也と慶時がうどんをすする音が響く。私はそれを聞きながら、表面の少しとろけた麺をすくい、ふうふうと息を吹きかけた。しっかりと温めた麺から立ち上る蒸気が、秋也と慶時をふわりと隠す。
「あ、名前がいなくなった」
どこか笑いを含んだ声でそう言ったのは秋也だった。それに慶時の小さな笑い声が重なる。
私から見て彼らが湯気の向こうに隠れているということは、つまり、彼らから見れば私が湯気の向こうにいなくなってしまっているということでもある。
今まで意識したことのなかった鏡合わせの原理に妙に納得した私は、「ここにいますよ、秋也くん」と、少しおどけた調子で白いもやの向こうにいる秋也を呼んで、堪えきれなかった笑いをもらした。
雉始鳴;きじはじめてなく
雄のキジが雌を呼んで、鋭く鳴きはじめる季節
※「鳴」は旧字がweb表示できなかったため、意味の近い漢字を充てています。
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