なんで私と彼女が友達だったのか、今にしてみれば少し、不思議だ。もしも私と彼女が大人になってから出会っていたら、たぶん、絶対、私たちは関わり合いになろうなんて思わなかっただろうから。
あの日も私は、気だるげにセーラムをふかす彼女を見ながら、そんなことを考えていた気がする。中学卒業と同時に東京に行ってグラビアアイドルになるような女の子と、このなんにもない町から出ることなく平々凡々の人生を送る私なんかが、この歳になっても同じテーブルについているなんて、誰が想像できた?
少なくとも私は、こんな未来は思い描いていなかった。きっとなおちゃんはどんどん遠くに行って、もう手も届かない存在になるんだろうなと、半ば信じていた。
「ここはね、最近できたお店で、カルボナーラがおいしいってみんな言ってるんだ」
半年ぶりにこっちに帰ってきた彼女と一緒に、私はその頃できたばかりだったイタリアンのお店に行った。彼女はばさばさの睫毛を伏してメニューを見ながら、気のない声で「へー」と言う。それからページを二枚ほどめくって、すぐに「あたし、トマトクリーム」と注文を決めてしまった。
こんなおしゃれなお店に来ることに慣れてなかった私は、すぐにメニューを決めた彼女に素直に「すごいなあ」と言った。
「奈保子は、こういうお店にも慣れてるんだね。私、こういうとこ滅多に来ないから、目移りしちゃってなかなか決めらんない」
時間かかってごめんね。私がそう言うと、彼女は私から少し顔を背けてふうっと白い煙を吐いてから、「いいよ」と言ってくれた。
私がおしゃれで耳慣れない料理名を指差して、「これ、知ってる?」と聞くと、彼女はさも当然のことのように答えてくれた。
私は昔から、彼女の話を聞くのが好きだった。なおちゃんは、クラスメイトたちと比べて勉強はあんまり得意じゃなかったけど、そのぶんテレビや雑誌をよく見ていて、流行りの洋服や都会のお店のことだけは妙に詳しかったのだ。私の知らない世界について話すなおちゃんはきらきら輝いていて、聞いているだけでとても楽しかったのをよく覚えている。
きっと東京にはこんな洒落たお店がたくさんあって、飽きるくらい行ってるんだろうな。そう思いながら彼女にいくつも質問を投げかけていると、いい加減早く決めろと少し怒られてしまった。私は軽く謝ってからまた少し悩んで、結局カルボナーラを頼むことにした。
パスタはとても美味しかった。私が「おいしいね」とありきたりな感想を述べると、彼女は気のない表情で「そーね」とだけ言って、フォークを口元に運ぶ。
それを見た私は、以前、お昼の番組にレギュラー出演していた時の彼女をふと思い出した。東京の素敵なお店での食レポで、今より1オクターブは高い声で「と〜ってもおいしいです!」と満面の笑みで言っていた、そして誰からも愛されていた、若い彼女。
あの頃のなおちゃんは、ぜんぜんこっちに帰ってくることもなかったし、私に連絡だってひとつも寄越さなかった。私はテレビや雑誌の表紙で彼女を見て、ああ、なおちゃんは遠くに行ってしまったんだな、と感慨に浸ったものだ。
もう会えないのは少しだけさみしかったけれど、私たちはそれでよかった。なおちゃんも向こうでがんばっているんだから、私もこの静かな町でがんばろう、そう思えたから。
なのに、どうして大人になってからの私たちは、ああして時々同じテーブルで食事をしていたのだろう。
もちろん、彼女と会えることは単純に嬉しかった。でも、それは私が、そしてなおちゃんが望んでいた幸せとは、きっと違っていた。
もちろんこれは、田舎町に暮らす私の頭の中にある凡庸な想像に過ぎない。彼女に確認したこともなければ、そう思っていることを少しだって顔に出さなかった。
だから彼女が私と一緒に食事をすることについてどう思っていたのか、もう確かめることはできない。
ただ、私は彼女の食後の一服を手持ち無沙汰に待ちながら、いつもこう聞いていた。
「東京には、いつ戻るの?」
すると彼女は煙草からゆるゆると立ちのぼる紫煙に紛れながら、しかしどこかはっきりした声で、「今夜の新幹線で戻るわよ」と言う。その凛とした口調は、私を安心させた。どうして彼女がここに帰ってきて、私と食事をするのかは、わからない。でも、最終的に彼女は遠くの街へ帰っていくのだ。彼女自身の人生のために。
私はきっと彼女に憧れていた。私では見ることすらできない夢の一部を、たぶん彼女に重ねていた。彼女が東京で華やかな生活を送っていたから、――少なくとも、私にはそのように見せてくれていたから、私はこのなにもない町でなにもない人生を生きていられたのだ。
あんなふうにはなれない。
あんなふうには、なりたくない。
なおちゃんも、そうだった? なんにもない田舎は嫌だと言って飛び出して行ったこの町で私が冴えない人生を送っていたから、東京でのお仕事をがんばれていた? こんなふうにだけはなりたくないって私のことを見下して、仕事のうまくいかない都会に帰っていけた?
私が彼女を利用していたように、少しでも彼女の役に立てていたのならいいのだけれど。
私はそう思いながら、彼女のいない墓標に封の切られたセーラムをそっと供えた。一本だけ抜き取られたせいで隙間のできた箱の中で、細い紙巻き煙草が乾いた音をたててぶつかる。そのそっけない音は、まるで彼女のため息のようだった。
……そうだね。私は結局、あなたのようにはなれない。上京はおろか、うまく煙草を吸うことすらできなかったのだから。
こんなになにもかも違う私と彼女がどうして友達だったのか、それはもうわからない。ただひとつ確かなことは、彼女のいないこの町で、私はこれからも生きていくということだ。
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