お化け屋敷に、いい思い出がない。
中学の修学旅行で行ったテーマパークは、特にひどかった記憶がある。
確か、同じ班の女の子がお化け屋敷に行こうと言いだして、みんながその気になったのだった。できることなら外で待っていたかったのだけれど、場の空気を盛り下げてしまうことを思うととてもじゃないが言い出せず、それは叶わなかった。
結果、あの頃から割と体の大きかった俺は、自分よりも小さな係員の女性に手を引かれて、従業員用の裏口から退場させられることになってしまった。同じ班だった男子たちに笑われたのは、まだいい。女の子たちは完全に引いたような目つきで俺のことを見ていた。当時の俺は、もう立ち直れないんじゃないかと思うくらいには深く、傷付いていたと思う。

「はーい、じゃあ3組はお化け屋敷に決定でーす」

教壇に立った文化祭実行委員の女の子が高らかにそう言い放ったと同時に、俺は色を失った。板書をしていたもう一人の実行委員が、多数決で消えてしまった他の選択肢を容赦なく消してゆく。喫茶店、プラネタリウム、映画撮影、クイズ大会。そんな楽しそうな単語が消えて、黒板にはお化け屋敷の文字だけが残った。
その横に書かれた正の字から判断するに、どうやらクラスの三分の二近くがお化け屋敷に賛成したらしい。教壇にいる実行委員が手元のノートに何かを書きつけている間にも、クラスメイトたちは近くの席の友人たちとあれこれ楽しそうに案を出し合う。
和風にする? 洋風にする? 私おばけやりたい! 音楽とかって流すのかな? 衣装大変そー。

俺はクラス中に満ちた楽しそうな雰囲気の中で、ひとりひっそりとため息をついた。一か月後の文化祭では、自分が今いるこの教室がお化け屋敷に変貌しているのだ。中学の時の記憶が蘇る。暗い迷路、おどろおどろしい音楽、大きな音と共に飛び出してくるお化けと、自分を見詰めていた蔑むような瞳。

「東峰、」

俺は、名前を呼ばれて唐突に我に返った。
憂鬱のあまり丸めていた背中を伸ばして、慌てて顔を上げる。教壇にいた実行委員の女の子が俺を見ていた。やや上がり気味の大きな目が印象的な彼女は「なに、寝てた?」と言って、にっと笑った。それに反応するように、クラスのあちこちで笑いが弾けた。隣の席の男子生徒が「東峰ー」と言って肩を小突く。俺は冷ややかな視線が向けられていないことに安堵しながら「寝てないよ」と苦笑を返して、自分を呼んだ女の子の方を向く。

「東峰はなにか希望ある?」

彼女が示した黒板には、設営、衣装、お化け、受付、その他こまごまとした役職が白いチョークで書かれていた。俺は「えっと、」と言いながら、思考を整理する。どうやら、今は実際に誰がどの仕事をするかを割り振っているらしかった。
正直に言うなら、どれもやりたくない。あの時も、今も、出来るなら、自分だけ外で待っていたかった。けれど、やっぱりそういうわけにはいかなくて。

「希望ないならこっちで決めてもいい?」

はきはきと喋る彼女にやや気圧されるように、俺は頷いてしまった。
「ありがとね」と言った彼女は、もう一人の実行委員とノートを覗きながら二言、三言会話を交わす。そして小さく頷きあってから、彼女はもう一度俺を見て、よりによってこう言った。

「じゃあ東峰はお化けね」

強気な瞳をにっこりと細めた苗字さんのその言葉に、俺は凍り付いた。




ALICE+