俺のスパイクが決まって、背後に控えていた部員たちから「ナイスキー!」の掛け声が上がった瞬間、自分の名前を呼ぶ清水の声が聞こえた。声がした方を振り返ると、黒いジャージを着た彼女がこちらに小さく手招きをしていた。俺は大地に一声かけてから、小走りでそちらに向かう。

「東峰に用だって」

清水はそう言って扉の先を示してから、空になったボトルの入ったカゴを抱えてあっさりと体育館を出ていく。
清水の指先に視線を滑らせた俺は、そこに苗字さんがいたことに驚いた。彼女は俺を見上げて「あ、ども」と少し他人行儀に会釈をする。それに「あ、いや」と会釈を返しながら、俺はふと、苗字さんってこんなにちいさかったっけ? という本当にどうでもいい疑問を感じた。
俺は、ごく最近、彼女とよく話すようになってからのことを思い返してみる。そして、教室で言葉を交わす時はいつも、席についている自分の所に苗字さんがやって来ていることに気付いた。俺はいつの間にか、立ったままはきはきとしゃべる彼女を見上げることに慣れてしまっていたらしい。先日俺の前に苗字さんの背中が現れたとき、小さな背中だなあと思った筈なのに、彼女のことを見下ろした今、改めて彼女の小ささに打ちひしがれた。

「ごめんね、練習中に」

すまなそうにそう言った苗字さんは、「これ渡そうと思って」と言って、右手に持っていた紙を差し出した。

「家に要らない段ボールとか布とか、あと怖い人形とか、あったら持ってきてっていう、お願い」

受け取った二つ折りにされたルーズリーフを開く。かさ、という小さな音と共に現れたのは、『東峰くんへ』で始まる彼女独特の癖字で綴られた文章だった。ざっと目を通してみると、彼女の言葉通り、そこには簡単な挨拶と、持ってきてほしい物品が書き連ねられていた。
苗字さんは、これを一枚一枚手書きして、部活連中に配って回っているのだろうか。その手間を思って労いの言葉をかけようとした俺は、苗字さんが言葉を続けるように口を開いたのを見て、喉まで出かかった声を慌ててひっこめた。彼女は言った。

「ほんとはメールで回そうと思ったんだけど、教室に残ってた人の中に東峰くんのアドレス知ってる子がいなくてさ」

苗字さんはなんてことない調子でさらりとそれを口にしたけれど、その瞬間に俺の心臓がぎゅうっと鷲掴みにされたように痛んだ。きょ、教室に親しい友達いなくてすいません! 俺のためにわざわざ手書きでメモを作って、第二体育館まで持ってきてくれた彼女の気遣いがありがたくもあり、胸に痛くもあり、俺はいたたまれなくなってしまって思わず彼女から目線を逸らしながら「そっか、すいません」と言った。
そんな俺に苗字さんは「いーえ」と明るく言って、にっと笑い、続けた。

「東峰くんがバレーしてるとこも見れたし、むしろよかった」

やっぱ部活してる人はかっこいいね。
苗字さんは軽い口調でそう言い残して、ぱっと踵を返す。

「じゃ、また明日!」

ひらひらと右手を振って駆けて行った小さな背中を見送りながら、俺は自分の頭の中でついさっきの彼女の言葉が消えることなく反響しているのをはっきりと感じていた。




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