ロングホームルームの残り時間で、お化け屋敷の作業を進めることになった。文化祭実行委員のふたりが指示を出し、みんなで分担してこまごまとした作業を片付けてゆく。
俺は苗字さんに言われて、装飾用のパーツを作っていた。色紙を指示された形に切り出すだけの単純作業。細かい作業はあまり得意ではないけれど、そこまで正確にやらなくてもいいみたいなので、まずまず気楽に、しかしまあまあ真面目に、ハサミを動かしてゆく。
もともとこういう仕事は、サボる勇気もないからきちんとこなす方だけれど、今日はいつもよりもしっかりと手が動いている気がする。
この仕事を俺に頼んだのが苗字さんだったからかもしれない。騒がしい教室の中でも、彼女の明瞭な声はよく響く。おまけに、最近の俺の耳は彼女の声をよく拾う。俺は彼女の声をBGMにしながらハサミを動かし続けた。苗字さんがお化け屋敷を成功させようと頑張っているのだ。俺に出来ることはこのくらいしかないけれど、せめてこれくらいのことは、きちんとやりたかった。
「東峰、お化けやらなかったんだって?」
俺は名前を呼ばれて、黙々と動かしていたハサミを止める。声のした方に視線を向けると、そこには、苗字さんじゃない、男の方の文化祭実行委員がいた。彼は手近にあった椅子を引き寄せると、そこに腰かけて、俺の机の上にあった色紙を一枚無造作に手に取った。そして、右手に持っていたハサミで、それをざくざくと切ってゆく。手伝ってくれているんだ、ということに気付いた俺はそのことに短く礼を述べてから、彼の第一声に「あ、うん」と、やや歯切れ悪く答えた。なぜ彼は、俺にそれを尋ねたのだろう。小心者の俺はその真意が気になって、少し、身構えてしまう。もしかしたら、やっぱり誰かがそのことを悪く言っているのだろうか。
俺の心配をよそに、彼は勢いよくハサミを動かしながら、なんでもないことのように口を開く。
「暗闇にお前みたいなのが立ってたら絶対怖いのにな」
そう言って、冗談っぽく笑う。……他意はない、のだろうか。俺はやや苦笑っぽくはなったがそれに笑みを返しながら、「俺には無理だよ」と言って、もそもそとハサミを動かした。「そっか」と言った彼は、手元を見ながらこう続けた。
「苗字も最初は東峰はお化けだよねーっつってたけど、……ま、途中から言わなくなってたしな」
思わず、俺の手が止まった。
俺は頭の中でその言葉を咀嚼する。苗字さんが、最初、俺をお化けにしたがっていた……?
思い返してみれば、確かにそうだ。一番初め、3組の出し物がお化け屋敷に決まった時、どの係にするか迷っていた俺をお化け係に指名したのは、紛れもない苗字さんだった。お化け係の最初の話し合いの時も、苗字さんは「東峰はどんなお化けやるの?」と、俺がお化けをやると思っているような口ぶりで話しかけてきた。
……でも、じゃあ、どうして彼女は俺がお化け役をやらなくて済むようにみんなに言ってくれたのだろう。俺が苗字さんを思い出すとき、いつも最初に浮かんでくるのはあのときの小さな背中だ。お化けが怖いと言った俺を庇ってくれた、俺のやろうとしていた水滴の係を薦めてくれた、
――そうか。
俺が、お化けが怖いって、苗字さんに言ったからだ。
「なあ村下、それ、ほんとうか?」
大雑把にハサミを動かし続ける彼に、そう問いかけた。彼は片手間に「ああ、そしたらお化け屋敷絶対成功するねっつって、笑ってたべ」と言いながら、切り終えた色紙を袋に詰めてゆく。
そうか。やっぱり苗字さんは、俺にお化けをやって欲しかったんだ。俺は右手に持ったハサミに視線を落とす。彼女の成功させたいお化け屋敷、そのために俺に出来ることをやろうと思って、俺にしては真面目に取り組んでいたこの仕事。もしかして俺は、彼女の優しさの影に隠れてなにかを間違えてしまったのではないだろうか。俺に出来ることはこのくらいしかないと思っていた。でも。もしも、そうでないのなら。
「あのさ、今からやっぱりお化けやろうかなー……とか言ったら、迷惑かな」
とりあえず一回、聞いてみるだけ。そう思っておずおずと口を開いた俺に、彼はにやりと愉快そうな笑みを投げかける。
あの時、本当は外で待っていたかったお化け屋敷。今も、そう、本当は怖いし、できるなら外で待っていたいけれど。彼女が成功させたいお化け屋敷なら、中に入ってみるのも頑張れるかもしれない。
←