「そういえば、旭のクラスはなにやんの?」
田中と西谷が、自分のクラスの模擬店の方が絶対にうける! と張り合っているのを背中越しにぼんやりと聞いていた俺に、スガがそんなことを尋ねかけた。ほとんど帰り支度を終えていた俺は「うちはお化け屋敷」と言って、鞄のチャックを閉じる。するとスガは、脱いだTシャツを簡単にたたみ、鞄に収めながら「へー、大変そうだな」とごく軽い調子で口にした。
そう言われるまで深く考えたことがなかったけれど、お化け屋敷って、模擬店の中ではかなり大変な部類に入るのではないだろうか。今までは自分の仕事のことしか頭になかったけれど、教室の中をそれらしく飾って、お化けの衣装や化粧をして、他にもお客さんを脅かすこまごました装置や、音楽や、あと教室に入って来る光をどう遮るかなんかもきっと、かなり難題なはずだ。
「まあ、大変だとは思うけど……うちのクラスは実行委員がしっかりしてるから、結構うまくやってるよ」
それらの責任を一手に引き受けててきぱきと働く苗字さんを思い浮かべながらそう言うと、スガは「へえ」と相槌を打ってから、ふと思い出したように「3組の実行委員って、苗字さんだよな?」と言ってこちらを振り向いた。
進学クラスのスガの口から彼女の名前が出てきたことに驚いた俺は、「そうだけど……え?スガ、苗字さん知ってるの?」と質問に質問を返す。するとスガは「去年委員会が一緒でさ、ちょっと話したことあって」となんでもないことのように言った。俺は委員会をやったことがないからわからないけれど、クラスの違う苗字さんと話したりする機会があるものなのだろうか?
「確かにしっかりしてたし、あの子なら安心だな」
スガのその言葉が、なんだか引っかかった。苗字さんのクラスメイトは自分だし、いっしょにお化け屋敷に取り組んでいるのも俺なのに、俺よりも先に彼女と仲良くしていたスガが、なんだか、少しだけねたましい、ような。
この気持ちのままに少しだけ顔をしかめてスガの方を見ていると、「どした旭、変な顔して」と首を傾げられた。俺は「なんでもないよ」と言ってスガから視線を逸らし、小さく溜息をつく。だめだ、話題を変えよう。
「スガのとこは? なにやるんだっけ」
「喫茶店」と答えたスガに、「喫茶店も大変そうだなあ」という安直な感想をこぼすと、スガは苦笑交じりにこう言った。
「うちのとこ内装こっててさー、結構遅くまで残ってる日もあるんだって」
「そうかあ、大変だろうな」なんて言った俺の意識は、もうその時すでにスガではなく、自分の教室に向かっていた。正確には、そこで遅くまで作業をしているであろうひとりの女の子に。
「ほらー部室閉めるぞー」という大地の声に背中を押されるように部室から出た部員たちはみんな、家に帰るために校門に向かって歩き出す。そんな中俺は、ひとりだけ立ち止まって校舎を見上げる。文化祭シーズンらしく明かりの灯っている窓が多い中、俺の視界の中央に位置する2年3組の教室にも、まだ蛍光灯の明かりが煌々と輝いていた。
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