3組の扉の前までやって来たものの、何と言って入っていけばいいんだろう。的外れなことを言って妙なやつだと思われるのも嫌だし……とそんなことをうじうじと考えているうちに、今日の作業は終了し、後片付けが始まってしまった。……なんだか、ますます入っていきにくい雰囲気が出来上がってゆく。
俺は扉の前で小さく頷く。うん、今日は諦めて、明日にしよう。挫折に慣れた頭でそう思いながら踵を返した瞬間、教室の中から「あれ、東峰ー?」という高らかな声が響いてきた。この声は確か、お化けチームのリーダーの、と思いながら振り返った先で、教室の扉が大きな音をたてて開いた。その向こうから現れた彼女は、「やっぱり」と言って屈託なく笑うと、俺の言葉も聞かずに「名前ー、東峰きたよー」と大きな声で教室に呼びかけた。

「あ、ほんとだ」

彼女の肩からぴょこんと顔を出した苗字さんは、廊下でかたまっている俺を見て、「部活あがり?」と尋ねた。うまい理由を考えていなかった俺がおずおずと頷くと、彼女は「そっか、ありがと」とちょっと笑ってから、「でも今日はもう終わるんだ」と少し申し訳なさそうに言った。

「いや、こっちこそなんか、ごめん」

よく考えたら俺、作業を手伝おうと思って来たわけじゃない。ここに来たら苗字さんがいるよな、なんて、理由にもならないような理由で来てしまったことが後ろめたかった。でもそんなことを苗字さんに言えるわけがない俺は、ただ漠然と彼女に謝ってしまう。
すると、俺たちのやりとりを間近で聞いていたお化けチームのリーダーが、「なんであんた謝ってんの」と言って盛大に笑った。彼女につられるように苗字さんも薄く笑う。苗字さんから申し訳なさそうな表情が消えたことに、俺の頬もすこしゆるむ。
今なら、自然に言えるかもしれない。

「片付け、手伝うよ」

うまく言えた。苗字さんは「じゃあ、お願い」と言って俺を教室に入るように促してくれた。あれとあれをあっちに。これはまとめてそっちに。残っていたクラスメイトたちに的確に指示を出した苗字さんは、最後に俺に「東峰は、村下とごみをまとめて」と言って、自分は散乱した文房具類をまとめ始めた。俺はもうひとりの文化祭実行委員の村下ところに行って、手伝うように言われた旨を告げる。すると彼は「じゃあ向こうホウキではいて」と言って、細かい段ボール屑が散らばってる一帯を指差した。
掃除道具の入っているロッカーからホウキを取り出していると、後ろから「そういや東峰、バレー部か」という村下の少し気の抜けた声が聞こえてきた。黒いジャージの背中にプリントされた排球部の文字を見たらしい彼に一度頷いてから、俺は床を掃いてゆく。彼は大きな段ボールの破片を拾ってゴミ袋に詰めてゆきながら、「練習後に来るとか、真面目か」と冗談めかして言ってから、声のトーンを一気に低くしてこんなことを口にした。

「それとも、なんか他に目的でもあんのかな?」

びくっと震えた俺の肩。こわごわと彼の方を振り返ると、そこには、屈託のない笑顔があった。

「冗談だべ、ジョーダン」

そう言ってからからと笑う彼に「そ、そうだよな」と力ない笑みを返してから、俺は無心でホウキを動かした。




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