部活が終わってから教室に現れた俺を見て、片付けが始まる。それがここ数日の3組の日課だった。あれから何度か、部活後に教室に足を運ぶことを繰り返しているうちに、俺が現れる頃が片付けのタイミングになっていったらしい。今日も「東峰来たし、あがるかー」という男子生徒の声を受けて、教室に残っていたクラスメイトたちがぽつぽつと片付けを始めた。
なにを手伝おうかと思案しながらざっと教室を見回した俺の視線が、窓の近くの床に敷かれたブルーシートの上でぴたりと止まる。一昨日から教室の後ろに置かれていた段ボールで出来た装飾に、今日の作業で色が付けられていたのだ。のっぺりとした茶色一色だった時にはなかった不気味さを一気に醸し出し始めたそれを見て、俺は色を失う。黙り込んだ俺に、苗字さんが、「怖い?」と尋ねかけてくれる。俺が顔をしかめたまま頷くと、彼女は「私も」と言って苦笑っぽく笑った。

「あんなのがどんどん増えるんだよ」

たまんないよね、と肩をすくめながら言った彼女は、しかし楽しそうにペンキの後片付けをするクラスメイトたちを見遣って、その強気な双眸を柔らかく細める。俺はそんな彼女を見ながら、「そうだな」と頷いた。
いっしょに時間を過ごせば過ごす程、俺の中で彼女はどんどん眩しくなってゆく。いつ見ても明るく、優しい苗字さん。

「名前ちゃん、ちょっちいい?」
「東峰、ヒマならこっち手伝えー」

別々の方向から俺と彼女を呼ぶ声がする。苗字さんは自分を呼んだ女の子たちに「なにー?」と言って駆け寄ろうとして、ふと、思い出したように「あ、そうだ東峰、」とこちらを振り返った。苗字さんに視線を残したまま、自分を呼んだ男子生徒たちの方へ向かいかけていた俺の足が止まる。彼女はこう続けた。

「今日この後みんなで坂ノ下行くんだけど、いっしょに行かない?」

くるりと、軽やかに振り返った彼女のスカートがふわっと踊る。また少し、自分の中で彼女が眩しくなるのを感じた俺は、「え、いいの?」と一度、なにを疑っているのか、確認を挟んでしまった。本当はすぐにでも頷きたいのに、それが出来ない自分に少しだけ意気消沈しそうになってしまったけれど、そんな湿った気持ちは彼女の「もちろん。行こーよ、東峰」という明瞭な声によってかき消されてしまう。「うん、じゃあ」と頷いた俺に、苗字さんはにっこり笑ってこくりと頷き返してくれた。

苗字さんはそのまま困った顔で彼女を待つ女の子の所へ、俺も掃除を押し付けようとする男子の所へ、それぞれ向かってゆく。いつもはこれが終わったら苗字さんとお別れだからと少しだけゆっくり動かしていた手が、今日はいつもよりもてきぱきと動いた。現金だなあ、俺。




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