「お前昨日あの後どうしたわけ?」
朝練の休憩中に、少し神妙な顔をしたスガが声をひそめてそんな質問を投げかけてきた。
スガか大地か、西谷あたりにそんな感じのことを聞かれるだろうなあと予想していた俺は、昨夜のうちに準備していた回答を口にする。
「まあ、その……普通に送って帰った、かな」
少し詰まりながらもそう返すと、スガは一瞬きょとん、と目を丸くしてから、「そーか! そーかよくやったな旭!」と言って俺の背中をばしっと叩いた(大地と違って力加減はしてくれているらしい、音の割に痛みは少なかった)。それから、「いやーお前がなー」なんてしみじみ言いながら腕を組んで、三回ばかり首を縦に振る。
……スガはどうやら、昨日の一件に関して特に悪い印象を持たなかったらしい。俺はそれに安堵しながら、苦笑を返した。
「ま、しっかりやれよ、旭」
にっと白い歯を見せて笑ったスガのその言葉を、その時は特に何を思うこともなく受け止めていたのだが。
なあスガ、しっかりするって、どういうこと?
ちょっとーしっかりしてよー。と言ってけらけらと笑うクラスメイトの女の子の声を聞きながら、俺は渡された白い浴衣を手にしたまま自分の顔から血の気が引いていくのを感じていた。
どうやら、俺の担当するお化けは、烏野高校の怪談をモデルにしているらしい。不敵に笑いながら彼女が口にした「東峰くん知らない? 部活棟に出る男の子の霊のうわさ」という恐ろしい情報を思い出して、俺は肩を強張らせる。なんだって、よりによって部活棟なんだろう。今日も放課後にはまたそこに行かないといけないのに。
衣装のチェックに立ち会っていた苗字さんが「大丈夫?」と言って俺を気遣うように見上げてくる。しかし、俺と一緒に彼女の話を聞いていた苗字さんの顔も、俺と同じく色を失ってしまっていて。これ以上彼女に心配をかけるまいと、ぎこちなくはあったがなんとか頷いてみせる。すると「そっか」という声とともに、同じくぎこちない笑みが返ってきた。
ものすごく微妙な表情をして頷き合っている俺たちを見た衣装係の女の子は、少し怪訝そうにしながらもう一度、「ほんと、しっかりしてよ東峰くん」と言って念を押してくる。
「名前ちゃんもこんだけ頑張ってるんだからさ」
彼女のその言葉を聞いた俺の頭の中に、いままで頑張って準備を進めてきた苗字さんの様子が浮かんできた。今も彼女の手におさまっている大学ノート。その表紙に油性マジックで書かれた『お化け屋敷』の文字も、少し掠れてきている。
俺は苗字さんのノートに視線を注ぎながら「そうだな」と呟いた。衣装係の彼女が俺にしっかりしろと言いたくなる気持ちもわかる。俺が部活をしている間も彼女は、苗字さんの近くでその頑張りを見ているのだろう。俺が苗字さんを見ている時間は確かに彼女よりも少ないけれど、その頑張りに報いたい気持ちは俺の中にもきちんとある。
「俺も、しっかりしないとな」
俺がそう言うと、衣装係の女の子は一瞬きょとん、と目を丸くしてから、「あれ、東峰くんがちょっと頼もしい。意外だ」と言って、苗字さんに同意を求めるような眼差しを向けた。
苗字さんはそんな彼女に向けて「やっと気付いたか」と言って、強気な笑みを形作った。それから、その眩しい笑顔をこちらに向けて、なにやら満足そうに大きく一度、頷いた。俺は彼女のその言葉と行動の意図が分からないまま、ほとんど反射的に頷き返す。やっと気付いたか、って、どういう意味だろう? ……もしかして苗字さんは、こんな俺のことを頼もしいと思ってくれているのだろうか?
俺の勘違いかもしれない。ただのお世辞かもしれない。でも、もしも本当に彼女がそう思ってくれているのだとしたら。それだけで俺の背筋は伸びて、本当にしっかりできるような気がしてしまうのだ。
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