どうやら、やることは山積みらしい。苗字さんは教室をあっちこっち行ったり来たりしながら、様々な指示を飛ばしていた。40人近いクラスメイト全員の作業を監督しなければならないのだから、その苦労はひとしおだろう。
彼女の指示と、クラスメイトたちの働きのおかげで、だんだんとお化け屋敷の内装が完成してゆく。黒いビニール袋や段ボール、暗幕を駆使して窓から入ってくる日光を遮断すると、一気にそれらしい雰囲気になった。そこに、生徒会から借りてきたパーテーションで狭く曲がりくねった道を作り、その上を更に暗幕で覆う。設営チームが考えたというこのやり方のおかげで、お客さんが歩く通路部分には文化祭の出し物とは思えないクオリティの暗闇が出来上がった。

俺がその闇の深さに戦慄したのは束の間、それからすぐに背の高い男子生徒に、パーテーションに被せた暗幕を固定してゆく仕事が割り振られた。
上履きを脱いで机の上で作業をしていた俺は、下の方でこまごまとした装飾をしている女の子たちの間から「いやいやいや、無理だからああああ!」という悲鳴じみた声が上がったのを聞いて、思わず手を止めてしまった。女の子の笑い声の間に聞こえたその悲鳴は、苗字さんのものだった。見れば、数人の女の子がふざけて暗闇の中に彼女を引っ張り込もうとしている。
俺はとっさのことに上ずってしまった声で「お、おい、やめてやれよ……」と彼女らに声をかけたが、はしゃぐ彼女らに俺のか細い声は届かなかったらしい。無力感と焦燥感を覚えながらはらはらと苗字さんを見つめていると、不意に、俺の隣で大きな声が上がった。

「おーい、そのくらいにしてやれよー」

それは、男子の文化祭実行委員の声だった。どこか覇気のない、しかし大きなその声は、しっかりと彼女たちに届いたようで。けらけらと笑っていた女の子たちは彼を見上げて「ちょっと休憩してただけでーす」と悪びれることなく言い、そのまま雑談を交わしながら自分たちの作業に戻ってゆく。
見つめる先の苗字さんはそんな彼女らの間をすり抜けて、太陽の光で明るい廊下へと飛び出して行く。……苗字さん、大丈夫かな。そう思いながら様子を窺っていると、唐突に実行委員の彼がぽんっと俺の肩を叩いてこう言った。

「行けよ」

えっ、と、動揺を隠しきれずにそう声を漏らすと、彼はにやりと白い歯を見せて笑う。

「東峰くんはぁ、さっきから手が止まってるんですよね」

そう、わざとらしい敬語で俺を茶化した。こちらに向けられたその眼差しは、愉快そうに細められてはいるが、まるですべてを見透かしているかのように落ち着き払っているようにも見える。俺は、一体どこまで見透かされているのだろう。背中を冷たい汗がつっと伝った。
彼は思わず言葉を失ってしまった俺の肩をもう一度叩いて、遠慮を知らないその口を開く。

「しっかりな!」

その声に押されるように、俺は作業のために上がっていた机から下りた。上履きのかかとを潰すようにしてそれをひっかけ、真っ直ぐに苗字さんの方へ向かう。
廊下の窓に手をついてうなだれるその背中が、だんだん近くなる。ここ最近、いろんな人から言われた『しっかりしろよ』という言葉を噛みしめながら、俺は彼女を労わるようにその肩にそっと手を置いた。




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