「あんたバカじゃないの? なに考えてんのなんで一人で戻ってきたの」

お化けチームのリーダーが、俺を早口に叱責した。その高い声に、思わずびくりと肩を震わせてしまう。彼女に「えっと、ごめん、でもな、」と言葉を返そうとすると、「でもじゃない!」と一蹴されてしまった。
その横で呆れたような顔をしている男子の実行委員。彼は、苗字さんに後をお願いと言われたその言葉の通り、見事に彼女のいないお化け屋敷を守っていた。彼はトイレの花子さんの格好をしたお化けチームのリーダーを軽くなだめてから、「とにかくだ、」と彼女とは対照的にごく落ち着いた調子で言った。

「お前は、苗字を連れてこい」
「え、ええ? お俺が?」
「そーだよ。お前教頭命令でお化けクビになったんだろ? ヒマじゃん、ちょっと行ってこい」

坂ノ下に買い出しを頼むような気軽さでそう言った男子の実行委員に、俺は食い下がる。彼女を追えるものなら追っていた。俺には、無理なのだ。
しかし彼も頑として譲らなかった。彼女はこれから花子さんとして教室の中に入らなければならないし、彼にはここでこの場を監督するという役割があるのだという。

「じゃあ実行委員命令です、行ってください」
「いや、でも、どこにいるかとかも全然、わかんねえし……」
「そんなのみんな同じだって」

ついに権力を行使した彼はそう言いながら、学生ズボンのポケットに携帯電話を仕舞う。つい先程、苗字さんに連絡をとろうと電話をかけたが、繋がることはなかったそれ。たまたま着信に気付かなかっただけかもしれないけれど、なんとなく、そうじゃないような気がした。そう感じたのは俺だけじゃなかったようで。彼は役に立たない携帯電話から早々に意識を切って、人の足で彼女を探すことにしたらしい。「がんばって探してください」と他人事のように言って、俺の背中を押す。

「いやでも、苗字さんしっかりしてるだろ? 俺なんか行かなくても、大丈夫だって。むしろ行かない方がいいかもしれねえし……。な?」

俺の背中を押す彼を何とか説得しようと言葉を尽くすと、それを見ていたお化けチームのリーダーが「……こんなよく喋る東峰はじめて見たかも」と、どこかしみじみとした口調でこぼした。

「ああ、だって今までは苗字さんがいたもんな? 東峰くん?」

そう言われた俺は、何も返せずに口を閉ざした。こいつの言うとおりだった。苗字さんは、俺の顔を見ただけで俺の思ってることを察して、嫌なことをやらなくてもいいようにしてくれた。苗字さんのためなら、少しくらいなら嫌なことでも小言を言わずに頑張れるような気になっていた。だから、俺はここ最近、こうやって情けなく言葉を尽くさないですんでいたのだ。……そんなこと、言われなくてもわかっている。

「……お前さ、あんだけいいように使われてただろ? どうせなら最後までいいように使われてやれよ」

俺の背中を押す力をゆるめた彼が、そう言った。
最後までいいように使われてやれ、というその言葉が頭の中で反響する。なんだか恐ろしい言葉のような気がするのは、きっと最後という単語がそこに混じっているからだ。その最後という言葉は、なにを指しているのだろう。文化祭が今日で終わることだろうか。それとも。
俺はゆっくりと実行委員を振り返る。彼は、気だるそうな眼差しで俺を見ていた。

「……なあ、俺、まだ苗字さんの役に立てると思うか?」

先に教室に帰ってと言われたとき、来ないでと言われたような気がした。もう、俺に出来ることはないのだと、思った。どんなに俺が追いかけたくても、それが迷惑だったら、嫌われてしまったら、そう思うと足が動かなかった。
本当は彼女がそんな人じゃないと分かっていても、そのことを何度も実感していても、俺はやっぱり何度でも足踏みをしてしまう。ぐるぐると同じことを考えてしまう。この一か月は、その繰り返しだった。言われなくてもわかっていることはたくさんある。でも、わかっていても誰かに言って欲しいことも、同じくらいたくさんある。めんどくさい奴だと、自分でも思う。

「もーめんどくさいなー、役に立てるんじゃないの?」

しびれを切らしたようにそう言ったのは、お化けチームのリーダーの方だった。彼女はそれから、「だよね村下?」と隣にいる実行委員に同意を求める。彼は俺と、彼女を交互に見てから、盛大なため息をついてこう言った。

「知らねーよ、気になるなら苗字に聞いてこい、ほら!」

彼のその声は、場違いにバレー部のメンツを思い出させた。こんな風に背中を押してくれる誰かが部活以外で出来るなんて、思ってなかった。
俺はふたりに「すまん、行ってくる」と言って、ようやく一歩、足を出すことが出来た。正面玄関から人ごみへ消えた背中を追って、俺は歩く。苗字さんは何を言わなくてもわかっていて、何を言って欲しいんだろう。




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