(20:23)

名前と待ち合わせたバス停から歩いて15分程のところに、目当てのラーメン屋はあった。渋い紺色の暖簾、くすんだ明かりに照らされている白地の店名看板。それから、すりガラスの入った質素な木製の引き戸。
以前にも数度、彼女と訪れたことのあるこの店は、今日は元旦であるにも関わらず、いつもと変わらぬ佇まいで東峰たちを迎えてくれた。

「今日もやってるんだな……」

そう感心したような声を出した東峰に、名前は「ここのお店、本当に年中無休なんだって。すごいよねえ」と、少し間延びしたような調子で返した。

「そうだったのか。何回か来たことあったけど、知らなかったなあ」
「私も。今日、職場の人に教えてもらうまでは知らなかった」
「だよなあ」

そう相槌を打ちながら、東峰は再び店の外観に視線を遣る。暖簾に書かれた『ラーメン』の文字以外に、ここがラーメン屋だと知るすべのない、一見さんには少し優しくない入り口回り。当然、お品書きや営業時間を知らせるような看板も、存在しない。
……このお店は、きちんと儲けられているのだろうか。自分が心配するようなことではないとわかっていつつも、そう思ってしまった東峰。少し神妙な顔つきで、店の暖簾を見つめる。

名前はそんな東峰がおかしかったのか、彼の横顔を見てくすりと笑ってから、「そう、それでね、」と言葉を続けた。

「今日ここが開いてるんなら、旭くんの誕生日だしさ、一緒に行けたらいいなーと思って。お昼に慌ててメールしたの」

少しはにかんだように笑いながら、「いいよって言ってくれて、よかった」と言う名前。店からこぼれて来る淡い明かりに照らされたその頬が、かすかな桃色に染まっている。
東峰は、そんな彼女に少しだけどぎまぎしながら、慌てて口を開いた。

「い、いや、俺も……名前に行こうって言ってもらえて、嬉しかったよ」

東峰の顔に、名前と同じくはにかんだような笑みが広がる。太い眉を八の字に垂らした、柔らかな笑み。それに応えるように、名前の笑みもまた、その深さを増す。

「……そっか」
「おう」

おんなじ表情を浮かべたまま小さく頷き合ったふたりは、それ以上の言葉を紡ぐことができなくて、小恥ずかしそうに視線を逸らした。

「……えっと、じゃ、入ろっか」

どこか緊張を孕んだような声でそう言った名前は、手垢の馴染んだ引手に手をかける。
右にスライドさせたドアの隙間から、ラーメン屋独特のとんこつスープのかおりがふわりと漏れ出てきた。

誕生日に、彼女と会えて、更には一緒にラーメンまで。
……俺、こんなに幸せで、いいのだろうか。

あたたかなかおりを肺いっぱいに吸い込んだ東峰は、そんな贅沢な悩みに心を苛まれながら、彼女の向かいの椅子にそっと腰をおろした。




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