(22:56)
名前を送り届けてから自宅に戻った東峰は、それから母親の作ってくれたケーキを食べて、風呂に入り、就寝の支度を手早く終えた。
明日からの練習や、春高のために、彼女と別れてきたのだ。夜更かしなんかしていられない。
長く伸ばした髪を枕に投げ出して、横になる。
ぼんやりと見つめる先で、淡いオレンジに輝く常夜灯。その弱々しい光が、最後に彼女の輪郭を彩っていたアンバーの玄関灯りと重なった。たびたび去来する形容しがたい欲望が、またも彼の胸に押し寄せる。
東峰は、その感情を振り払うように目を閉じた。後ろ髪を引くようなオレンジ色の光が消えて、かたい暗闇が訪れる。
昨晩のメールに始まり、今日は本当に一日中、彼女のことを考えていたような気がする。どぎまぎしたり、大きすぎる欲望に頭を悩ませたり。そのあおりを受けて酷使された彼の心臓が、ようやく休めるぞと言わんばかりに、就寝に向けてそのペースをゆっくりと落としてゆく。
普段であれば、東峰にとって夜というのは、あまり心地の良いものではない。決してそんなことを考えたいわけではないのだが、暗い瞼の裏を自然と、その日一日の後悔がよぎるのだ。あそこであんなことを言わなければよかったな。やっぱりこうしておけばよかったな。そんなどうしようもないことに延々と心を悩ませ、寝付くまでに時間がかかってしまう。
しかし、この日の彼の瞼の裏側は、いつもと違って幸福な記憶でいっぱいだった。
名前の朗らかな笑み、澤村や菅原と書いた絵馬、母親の作ってくれた甘いケーキに、柔らかな真新しいタオル。彼を責め苛むような苦い記憶は、そんな幸福な出来事の陰に隠れてしまっているのか、まるで姿を見せない。
新年だから。誕生日だから。今日がこんなに思い出深い一日になった理由を、そんな簡単な言葉で片付けてはいけない。そう思った東峰は、曖昧になってゆく意識の中で微笑む彼女に、ありがとう、と呟いた。
それに応えるように深く笑んだ彼女の唇が、何かを伝えるように動く。が、東峰はそれをうまく聞き取ることが出来ない。え、なんて? と聞き返しながら、笑う彼女の後を追う。
今日という日の幻影は、いつの間にか彼の意識を離れて、ひとりあるきを始めていた。
それはごく幸せな夢になって、彼を眠りへといざなってゆく。
こうして、東峰旭の元旦は、ゆるやかに幕を閉じた。
←