今日から年度が新しくなり、ニ年になった。しかし、だからといって昨日までと今日の間になにか具体的な変化があったわけではない。
一心不乱にバレーをして、潔子さんにガン無視されて、それから暇な時に一年をどう可愛がるか考えたりしながら、日も暮れた頃に帰路につく。
入学式も始業式もまだもう少し先だ。新しい一年が始まったと実感するのはそれからになるだろう。まだ見ぬ華麗なる先輩ライフに少なからぬ期待を抱きながら、田中龍之介はこの一年間ですっかり通い慣れた坂ノ下商店の扉を引き開けた。

「いらっしゃいませ!!」

変化のない緩やかな日常に浸っていた田中を出迎えたのは、聞いたことのない快活な声だった。田中はそれに、思わず面食らった。
昨日までとなにも変わらない田中の世界の中で、坂ノ下商店だけに、一足はやく新しい風が吹き込んでいたのである。
新風の正体は明白だった。いつもならば新聞や漫画雑誌を読みながら煙草をふかす金髪の男がいるはずのカウンターで、可憐な少女が笑顔を振り撒いていたのだ。

「部活帰りですか?」

にこにこと笑顔を絶やさない少女に、田中はただ黙って頷く事しか出来なかった。

もしも彼女との出会いがこんなにも唐突でなければ、彼らのファーストコンタクトはもう少し違ったものになっていたかもしれない。清水潔子と一年をかけてようやくガン無視というコミュニケーション方法を築いた田中という男は、実直で、情に厚くて、喧嘩っ早いくせに女の子にはめっぽう弱い、そんな奴だった。突然現れた謎の女の子と流暢に会話をすることなど、彼に出来るはずもない。

田中はやっとの思いで肉まんを注文し、代金を支払う。ガラスケースの中から肉まんを取り出す少女の手つきは、新人だからか金髪の男よりもどこか危なげで、だがそこがまたいいなあ、なんて思いながら、田中は肉まんの入った小さな紙袋を受け取る。
そして店を出る時に、引き戸を閉めるために僅かに店内を振り返った田中は、無意識的にあの少女を目で追ってしまった。
視線の先の少女は田中に気付くとにこりと微笑んで、右手を顔の横でひらひらと振りながらこう言った。

「また来てくださいね!」

無邪気な笑みと共に放たれたその言葉に逆らうことなんて出来るわけがない。
心なしか赤い頬で肉まんを咥えた田中は、明日はきっと彼女の名前を尋ねるぞ、と固く決意しながら、静かに帰路についた。




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