この数字は、なんだ。
坂ノ下商店のここ一週間の売上を眺めていた烏養繋心は、思わず眉間の皺を深くする。確かにここ一週間、つまり彼女が店に出始めてから、客――それも、烏野高校の生徒たちが増えたことは、烏養自身も実感していた。だが高校生の客単価など高が知れている。それに、今のこの状態はおそらく物珍しさに客が集まっているだけだろう。この波も暫くすれば収まる、一過性のものに決まっている。
そう考えた烏養は、坂ノ下商店にとっての彼女の存在を軽視していた。今の今まで。

烏養は帳簿から視線を上げる。
商品を眺めながら棚の間をのんびりと歩く名前を見遣って、軽く唇を引き結んだ。

もしも一過性のものであったとしても、この波は最早見過ごせないものになっていた。母親に相談しても、おそらく商人の血を引く彼女は名前を店に出すように即答するだろう。

もともと、彼女が暇を持て余している春休みの間だけ店を手伝ってもらうという約束だった。それがこんな数字になるなんて、誰も予想もしなかった。
もしもこれが大手企業のアルバイトだったなら、当初の契約通り一週間で仕事は終わったことだろう。だが個人商店ではそうもいかない。稼げる時に稼ぐ。たとえ一過性のものであったとしても、この波を逃すことは出来なかった。

「ケイちゃん、怖い顔してどうしたの?」

こちらを振り返った名前が、小首を傾げながらそう尋ねた。
ケイちゃん、と呼ばれた烏養は、眉間の皺を更に深くする。まだ彼女が幼稚園にも上がらない頃から、彼女は烏養のことをそう呼んでいた。「ケイちゃん」と言いながら自分のあとをひよこの様にくっついてきていた彼女の様子を、烏養は少しだけ思い出していた。これからもまだ店に出すのなら、この呼び方も改めさせなければなるまい。
烏養自身はこの呼び方をあまり快く思っていなかったはずなのに、いざ改めさせるとなると少しだけ名残惜しく感じられた。烏養はそんな馬鹿馬鹿しい感情を押し出すように深い溜息をつく。

「あ! ケイちゃん、溜息はよくないよ」

にこにことそう言う彼女を烏養は「うるせえ」と一蹴する。名前は肩をすぼめて「こわいこわい」と悪びれることなく呟いた。

「店閉めんぞ、外の連中に声かけてこい」

硝子扉を顎で示しながらそう言うと、烏養は彼女から視線を外して清算のためにレジスターを開ける。レジの表示と実際の金額が合っているかを確認しつつ、「はーい」と言って扉の方にぱたぱたとかけてゆく小さな背中をちらりと見遣った。

烏養には、どうして彼女にあれだけの客を引き付ける力があるのかがわからなかった。
小さな背中も、高い声も、自分のあとを懸命について来ていた頃と何も変わらない、ひよこのまんまじゃないか。という具合に。




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