後輩である日向と影山の無茶苦茶な朝練に付き合いはじめて三日。菅原孝支は今日も一日早朝から酷使した体に最後の鞭を打って、自宅を目指すべく校門を出た。
バレー部の中では比較的小柄で、スタミナも決して豊富ではない菅原は、部活後も元気にはしゃぐ田中やそれをたしなめる澤村たちから少し遅れて、その重い足を動かしていた。見慣れた黒いジャージが、少しずつ遠ざかってゆく。それをぼんやり眺めながら、ああでも追いかける気力がいまいちわかないや、と思った彼は、ダメだなあと思いつつも全身のだるさに逆らうことなくとぼとぼと歩いてゆく。
「あ、あの!」
そんな菅原を、聞き慣れた明るい声が呼び止めた。
足を止めて、振り返る。視線の先にいたのはもちろん坂ノ下の天使だった。鳥の子色のエプロンを付けた彼女が、お客さんでいっぱいの店から出て、こちらに駆けてくる。その手には、シンプルな紙袋が握られていた。
「これ、長い間、ありがとうございました」
ぺこり、とお辞儀をして差し出された紙袋の中には、先日菅原が一方的に彼女に貸したパステルブルーのマフラーが入っていた。その翌日から後輩の秘密特訓に付き合うようになった菅原は、朝も放課後も時間が合わず、彼女とうまく会えないでいたのだ。
紙袋を受け取った菅原は、「ああ、」とどこかぼんやりした口調で言って、目の前の女の子を見遣る。今日も一日勉学に励み、放課後は坂ノ下商店に立っていたであろう彼女の、しかし全く疲れを感じさせない、屈託のない笑み。たった三日、されど三日。彼女に出会ってまだいくらも日にちは経っていないはずなのに、三日ぶりに見た彼女の笑みは、無性に懐かしかった。じわりと菅原の胸に満ちたあたたかな感覚は、すぐに全身に広がってゆく。
疲れが吹き飛ぶ、なんて魔法のようなことはなかったけれど、菅原は彼女のその笑顔のおかげで、疲労から丸くなってしまっていた背筋をぐっと伸ばすことが出来た。どんなに疲れていても、格好悪い姿は見せられない。
「どういたしまして」
菅原がそう言ってにっと笑うと、彼の顔を見上げていた名前の笑みもきゅっと深くなった。ありがとうと言わなければならないのは俺の方だな。そう思いながら菅原は坂ノ下の天使に別れを告げて、澤村たちの背中を追う。三日ぶりに首に回したマフラーは、少しだけ甘いかおりがしたような気がした。
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