金曜日の放課後の教室というのは、えてして浮かれた雰囲気が漂うものである。
烏野高校の生徒になって初めてのその時を迎えた1年4組の教室も、もちろんその御多分にもれることなく、ふわふわした雰囲気に包まれていた。

少したどたどしく、しかし楽しそうに休日に遊ぶ約束を交わし合うクラスメイトの声。その中で山口忠は、黙々と帰り支度をしていた。ともすれば、金曜の放課後に不似合いな姿に見えなくもない。しかし、彼の内心は他のクラスメイトたちに劣らず、結構しっかり浮かれていた。

今日は、高校最初の金曜日。初めて部活の見学に行く日だ。もちろんツッキーと一緒に! ……という具合に。

筆箱を鞄におさめ、チャックを閉めたところで、そんな山口に声がかけられた。

「山口くん、楽しそうだね」

快活な女子生徒の声。声のした方を振り返ると、この一週間で何度か言葉を交わした、隣の席の女の子がそこにいた。

「なにかいいことあった?」

いちばんはじめのホームルームで行われた席替えで彼の隣になったのは、朗らかな笑みの似合う坂ノ下名前という女の子だった。彼女は、学校の坂の途中にある坂ノ下商店の子なのだという。店の名前と同じ苗字はややこしいからと、クラスではすぐに彼女を下の名前で呼ぶ雰囲気が出来上がった。
しかし普通の男子生徒である山口にとって、女の子の下の名前を呼ぶのは、正直少しハードルが高い。今まではかなりぎこちなく、彼女の名前を口にしていたのだが。

「え、わかる?」
「わかるよー。いつもよりもにこにこしてるもん。なにかあるの?」
「……これから部活見学に行くんだ。それで」
「部活好きなんだね。何部か訊いてもいい?」
「バレー部」
「山口くんバレー部なんだ! がんばってね!」
「うん。名前さんは部活なににするの?」
「私は帰宅部。お店の手伝い楽しいから、そっちがやりたくて」
「えらいなー。名前さんも、がんばってね」
「うん、ありがとう!」

名前の明朗な人柄はもちろんのこと、教室に満ちていた浮かれた雰囲気も手伝って、今日の山口は彼女の名前をごく自然に口にすることができた。名前を呼ぶたびにつまらなくてよいおかげで、会話は今までで一番弾んだ。今までで一番、楽しかった。

この時の彼の意識は、部活へ級友の月島と行くことに全面的に向けられていたため、彼が自分の変化に気付くことはなかった。
ただ、彼女の名前を呼べるようになった彼は後に、最近名前さんと話すのが楽しくなったなあ、ということだけ、ふと意識することになるのだが、それはまた別の話である。

名前と話していると、放課後の掃除を終えたらしい月島が教室に戻ってきた。それにいち早く気付いた山口は、はやる気持ちのまま立ち上がる。

「あ、もう行く?」
「うん、」

頷いて鞄に手をかけた山口に、彼女は満面の笑みでこう言った。

「今度は部活の話、聞かせてね!」
「うん! 名前さん、またね!」

山口は彼女に軽く手を振って別れを告げてから、月島の方へ歩き出した。花の金曜日にふさわしい歩調で歩きながら、「行こう、ツッキー!!」と級友を呼ぶ。
本当に楽しみだなあ、と山口は思った。月島とバレーをするのも、彼女にその話をするのも。




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