09

症状の進行を遅らせる為に、未完成の血清を使いながら必死に耐えていたことを知っている。兄である父を犠牲にした上でのことだから責任を感じて懸命に明るく努めていたことも知っている。

本当は怖かったはずなのに。
本当は辛かったはずなのに。

一度たりとも負の表情も言葉も雰囲気さえも微塵にも出さず、最後の最後までやり遂げた叔父のジョージは本当にとても強い人だと心の底から尊敬できた。
これで私は独りぼっちになった。でも、不思議な力を持ったマルコの存在が唯一の救いだった。





朝食を済ませた後の一服する合間に、マルコは改めて悪魔の実について簡単に説明した。そして、自分が食した悪魔の実が『トリトリの実』の中でも貴重とされる動物幻獣種のモデル『不死鳥』の実であることを告げた。

「不死鳥って、あの不死鳥?」
「ジョージの言う”あの不死鳥”がどういうものかはわからねェが、とりあえず見せるよい」

マルコはキッチンにあるナイフを手に取ると何の躊躇もなく左手を突き刺した。

「痛い!」
「いや、痛ェのはおれだよい」
「叔父さん、ちょっと黙っててくれる?」

冷たいエマの声音に気圧されつつジョージは自分の手を庇いながら「だって」と痛がる様子を見せた。ジョージとエマは叔父と姪という血の繋がりがあっても性格が対照的だなとマルコは苦笑を浮かべた。そして、負傷した左手を二人に見えるように差し出した。

ボボボボッ――!

猛る音と共に左手に青い炎が灯された。

「わわっ!」
「!」

ジョージは驚きの声を上げてエマは目を見張った。更に青い炎に包まれた傷がスッと消えていくのを目の当たりにして唖然とした。

「大抵の傷は、この復活の炎で回復することができる」
「熱いの?」
「触れてみるかい?」

マルコが青い炎を纏う左手をエマに差し出した。エマは恐る恐る手を伸ばして炎に触れた。

「熱くない…」
「あァ、復活の炎は高熱を発して物質を燃やしたりする炎じゃねェんだ」
「ということは、攻撃では使えない炎ってことね」
「まァ……、”熱攻撃といった点”では痛いところだが、」

マルコは二人から少し離れて立つと今度は足元から青い炎を灯し始めて全身へと広げていった。

「ま、マルコ君!?」
「ワンッ! ワンッ!!」

狼狽えるジョージの声にウィルが反応して声を上げた。その一方でエマは至って冷静だ。ジョージは『興味』を示しているが、エマは興味というよりは『観察』といった雰囲気だ。

―― おれの力が使えるか使えないかってェ目だな。

ただ傷が回復するだけでは頼りないといったところなのかもしれない。
マルコはクッと喉を鳴らして笑うと愈々本格的に不死鳥へと姿を変えた。

「うわわ、あ、青い鳥!?」
「これが不死鳥の姿…ってこと?」

青い炎をユラユラと纏う不死鳥に想像を超えたのか、冷静なエマも流石に驚きと戸惑いが入り混じった様相へと顔色を変えた。

「ワンッ! ワンッ!」

不死鳥化したマルコの足元にウィルが駆け寄って鼻を鳴らした。尻尾を左右に振っていることから不死鳥がマルコであることを認識しているようだ。
「くぅ〜ん」と甘える声を漏らすウィルに目を細めたマルコは、嘴でウィルの鼻先をトンッと突いてやった。
ウィルは少し興奮気味にクルクルと回ってマルコの足元に身を寄せた。そして、不死鳥から人へと姿を戻したマルコは腰を下ろしてウィルの頭を撫でてやった。

「ま、マルコ君」
「なんだい?」
「と、飛べたりするのかな?」

ジョージの顔が凄くワクワクしている。

「不死鳥は飛ぶよね?」
「まさか……。流石にそんなことができるわけないでしょう?」

エマがあり得ないとばかりに言った。

「飛べるよい」
「ほら!」
「ッ…、」

勝ち誇ったように笑うジョージに、少し顔を顰めて「冗談でしょ」とエマは言った。マルコはクツリと笑うと立ち上がって椅子に腰を下ろした。

「そもそも飛べない不死鳥なんていねェだろい」
「……」
「空を飛び回れる分、機動力は他の誰よりもある。攻撃を受けても復活の炎で再生できる。だから戦闘時は常に率先して先陣を切って戦うんだよい」
「でも、」
「?」
「痛みは?」
「まァ、場合によっては痛みはある。けど、大事なもんを失くす痛みに比べりゃ我慢できるってもんだ」
「……」

エマは黙ってマルコを見つめた。マルコが片眉を上げてエマを見つめ返している。その一方で、ジョージは両手を組みながら二人を交互に見て小さく溜息を吐いた。

―― ちょっと、二人の世界に突入してません? 私もここにいるんだけどなァ。まァ、仕方が無いか。それよりも……。

「マルコ君、質問」
「なんだい?」
「怪我しているよね?」
「あー……」
「それはどうして?」

ジョージの指摘にマルコは頭をガシガシと掻きながら苦笑を浮かべた。それにエマが眉を顰めた。「完璧じゃないってこと?」

「完璧じゃないってこと?」
「実は能力者に対して有効な戦い方ってェのがあってなァ、覇気ってェんだが――」

マルコは顎に手を当てながらどうしたものかと考えながら説明した。

「うーん、拳法で言うところの気功みたいなものかな」
「拳法はわかるが、キコウってなァ何だ?」
「ジョージ……」
「あ、うん、ややこしくなるから余計なことを言うな。でしょ? エマ、わかったからそう睨まないでくれる? 凄く怖いから!」
「……」

この話の後に、ジョージが「空を飛んでみたいなァ」とポツリと零した。

「仕事が先でしょ」
「う……」

エマに冷たく促されたジョージは、背中に哀愁を漂わせながら地下研究施設へと向かうのだった。その一方、マルコはソファへと移動して腰を下ろした。近寄って来たウィルの相手をしながら食事の片付けを始めるエマの背中をじっと見つめた。
何となく気になることがあった。
エマのジョージに対する態度は、一見すれば身内同士の馴れ合いのようなものかもしれない。しかし、何となくそれとは違う違和感をマルコは感じていた。それが何かは具体的には言い表し難いものだが、要は感覚的なものだ。それはまるで――

「なァ、エマ」
「悪かったわね」
「ん?」
「あの人、変わったものを見ると直ぐに興味を持って子供みたいに燥ぐ癖があるの。科学者の性という奴ね」
「あー、いや、何でも興味を持つってェことは良いことだと思うよい」

ウィルがソファへと飛び乗ってマルコにお腹を見せると撫でてと促す仕草をした。マルコはウィルのお腹を撫でながら視線をエマに戻すとエマが少し呆れたような表情を浮かべた。

「ウィルったら……。随分マルコの事を気に入ったのね」
「ハハ、好かれることに悪い気はしねェよい」
「不死鳥と言うか、動物に変身できるから通じるものでもあるのかしら?」
「……皮肉が過ぎるよい。ひょっとして、嫉妬してんのか?」
「まさか」

エマは肩を竦めると戸棚脇に置いてあった自分の荷物(ミリタリージャケットや武器類等)を纏めて準備を始めた。

「何してんだ?」
「明るい間に周辺の様子を見に行くの。防衛の為に張ってある鉄線の確認をしたり、役に立つかわからないけどライトの状態とか……。いざという時に使えないでは意味が無いから」

エマはハンドガンや銃弾等の武器具を装備するとミリタリージャケットを羽織り鞄を片手に部屋を出て行った。マルコは少し間を置いてから立ち上がると蹴伸びをしつつコキコキと首を鳴らして大きく息を吐いた。

「さて、どっちに付くべきか……」

エマの後を追うべきだろうがジョージも気になる。少し思案して視線を落とせば、お座りをして見上げるウィルにマルコは苦笑した。

「ウィル、ジョージを頼むよい」
「ワン!」

通じる通じないは関係なく言ってみるとウィルが返事するように鳴いた。そして、元気良く部屋を飛び出して地下研究室に続く階段へと向かって行った。

「賢い犬だよい」

マルコは感心しながら玄関へと向かい外に出た。そして、最も近い場所に設置されているライトの点検を行うエマの姿を見止めて歩み寄った。

「エマ」
「何?」
「手伝うよい。どこをどう見りゃあ良い?」
「そうね……、見るべき箇所は――」

エマは簡単に点検内容を教えた。だが、科学等の文明においてマルコの世界より自分の世界の方が進んでいるらしいことから、こんな簡単な説明でマルコが直ぐに理解できるとは思っていなかった。しかし――

「こんなもんか?」
「え、えェ……」

エマの予想に反して聡い男なのか、マルコは直ぐに理解してエマの目の前で試しに点検をしてみせた。
エマが思っている以上に聡い男のようで、あっさりと熟した様にエマは驚きを隠せなかった。

「ん、なら裏手の方を見て来るよい」

マルコはそう言って反対側へと向かった。その後姿をエマは瞬きを繰り返しながら見送った。

「嘘でしょ……? 私がこれを理解するのにどれだけ時間が掛かったことか……」

色々なことができなければダメだと父から戦闘分野以外のことも多く叩き込まれた。エマにとって最も苦手だったのは、この機器系統関係だ。

「武器なら何でも扱えるのに機械が苦手って、何故なんだ? 本当にエマはおかしな子だな」

父に言われた言葉を思い出しながら面白くないとばかりに不機嫌な表情を浮かべた。

「機械を壊すのは得意だったでしょ」

エマは亡き父に不満を口にしながら点検を続けた。





昼を過ぎた頃、屋敷から一番遠い場所に設置されたライトの側にいたマルコは、周りの異変に気付いて警戒を露わにした。
敷地の外には有刺鉄線が巻かれたフェンスが設置されている。その向こう側には廃れたビル群。
マルコの視線はその内の一つに止まった。

「……あいつか」

ダーク・ウォーカーを捕らえた時、日の光を受けて焼ける身体を気にも留めずに叫びながら睨み付けてきた男の気配があった。

―― !

これがどういうことか、マルコはハッとした。
昨夜、徘徊していたダーク・ウォーカーが何かを探っているように感じたのは、やはり気のせいでは無かっということ。そして、これが意味することは――

「居所が知れたってェことだ!」

マルコは駆け出した。そうして屋敷に戻った時、玄関口が開かれたままで様子がおかしいことに気付いた。

「まさか……」

玄関ホールに入った時、ガウンッ! ガウンッ! と、大きな銃声音が響いた。廊下の最奥から地下研究施設へと繋がる階段の方だ。

「チッ!」

マルコが舌打ちをして奥へと向かった時、誰もいないはずの部屋から人の気配を感知した。

「!」

日が遮断された地面に大きな穴がぽっかりと開いている。

「そういうことかい!」

穴を掘って進めば日中と言えども移動は可能だ。直射日光が当たらない屋内にさえ出れば然して問題は無いのだ。そう、目的とする場所さえ特定できれば――。
穴から続々と這い上がって来るダーク・ウォーカー達は、マルコを見つけるなり狂気的な雄叫びを上げて襲い掛かった。
マルコは、咄嗟に身を翻して武装色の覇気を纏った足で蹴りを放って反撃した。
蹴飛ばされたダーク・ウォーカーは、後続の者達をも巻き込んで壁に激突した。ダーク・ウォーカー達は、マルコの攻撃に一瞬だけ怯んだ。それに気付いたマルコは眉をピクリと動かした。

―― 怯むってェことは、畏怖の意識があるってェことか?

エマから聞いていた『正気を失って狂暴化する』という説明とは少々異なる気がした。

〜〜〜〜〜

「スプーナー・ウイルスの進化は、私達が思った以上に早いんだ」

〜〜〜〜〜

昨晩、ジョージが今後のことについて話をした際にそんなことを口にしていた。それに関係するかはわからないが、ダーク・ウォーカーに『自我』というものが芽生え始めているのでは――と、マルコがそう思った時だ。

「ワンッ! ワンッ!」

―― !

「待ちなさいウィル!!」
「ダメだエマ! ドアを閉めて!!」

叫ぶ声を耳にしたマルコは、地下室へと続く扉のある奥へと向かった。そこには数え切れない程のダーク・ウォーカーが群がっていた。だがその中には、灰色の肌が露出した犬らしき姿もあった。それらがマルコの存在に気付くと標的をマルコに変えた。

「人だけじゃねェのか!」
「ヴァウヴァウ!!」

鋭い犬歯を見せて涎を巻き散らしながら駆け出す犬。壁を駆け登って天井に這うようにして襲い来る人。それらが同時に襲い掛かった。

―― こうなりゃ囮にでも何でもなってやるよい!

マルコが腕に青い炎を灯そうとした時、地下へと続く階段を駆け上がって来たウィルに目を丸くした。

「ウィル!?」
「ワンッ!」
「ッ!」
「うがあ!!」

マルコに襲い掛かろうとした犬型のダーク・ウォーカーにウィルが噛み付いた。それに犬型のダーク・ウォーカーは攻撃対象をウィルへと変え、その間に人型のダーク・ウォーカーがマルコに攻撃を仕掛けた。
マルコはその攻撃を躱すと地面を蹴ってウィルを助けようとした。しかし、ダーク・ウォーカーは並の人間とは懸け離れた身体能力を持っているのだ。躱されたとしても直ぐに身を翻してマルコの足を掴んだ。

「この…!」

マルコはそのダーク・ウォーカーに蹴りを放って撃退した。そうして再びウィルを助けようと身体を反転した時、犬型のダーク・ウォーカーがマルコに襲い掛かるのを見止めた。その後方で力無く倒れているウィルの姿に目を丸くした。

―― ウィル!

犬型のダーク・ウォーカーがマルコに噛み付こうとした。マルコは両腕に青い炎を激しく滾らせた。そして、爆炎により発生した爆風でそれらを吹き飛ばした。そして、ウィルの側に駆け寄った。どうやら首を何度も噛み付かれたようで、最早瀕死の状態だった。

「くぅ…ん」

弱々しい声で小さく鳴いたウィルに、マルコはギリッと奥歯を噛み締めて悔やむ表情を浮かべた。

「お前、助ける必要なんて無かったってェのに……」
「ハッ…ハッ…ハッ…ハッ…」

このまま死を迎えるのであればどれだけ良かったことか。スプーナー・ウイルスの感染によってウィルの瞳孔が変異し始めていることに気付いた。

「ウィル……。おれに懐いてくれてありがとう」

マルコはそう告げると力無く倒れるウィルの頭を胸に抱いて両腕に力を入れた。

ゴキッ――!

骨が折れる音と共にウィルの胴体がビクンッと一度だけ跳ねた。そして、ウィルはもう二度と動かなくなった。

「うがああっ!」
「!」

ダーク・ウォーカーが幾人も押し寄せて来る声に、マルコは立ち上がって地下研究施設へと向かう階段を下りて行った。突き当りにある頑丈な扉が閉じられ『LOCK』の文字が点灯している。ジョージから前もって聞いていたロック解除の番号を打ち込み急いで中へ入った。
エマが咄嗟にハンドガンをマルコに向けた。マルコは手の平を差し向けて制止を促しつつ扉を閉じるロックをして息を吐いた。

「その血は何! もし噛まれたのなら」
「違う」
「――え?」
「おれの血じゃねェ。これはウィルの血だ」
「ッ……! ウィル…は……?」
「エマ、すまねェ」
「……死んだの?」
「おれを助けようとして犬型のダーク・ウォーカーに首を噛まれちまったんだ。瀕死の状態だったが、感染して変異し始めたからよい」
「殺したのね……」
「あいつは、ウィルは、あいつらの仲間になるなんて望まねェだろい?」

悔しさを滲ませながら話すマルコは決してエマと視線を合わせようとしなかった。マルコが自責の念を持って悔いていることは明らかだ。エマはグッと拳を握って目を瞑ると一つ深呼吸した。

―― 悔いていたのは……、あの子も同じだった。

ウィルはエマの父であるマイクに心を開いていた。マルコに対して甘えたように、マイクにも甘えて懐いていたのだ。そして、マイクが死んだ日からウィルは心を閉じて塞ぎ込んだ。犬の気持ちがわかるわけではないが、ウィルもきっと「大切な人を助けて守りたい」と思っていたのだとエマは感じていた。
研究施設へ逃げ込んで扉を閉める寸前、ウィルが突然吠えて外へと駆け出した。ダーク・ウォーカーが目の前に迫っている中で後を追うことができなかったが、何故駆け出したのか直ぐに察した。マルコが屋敷に戻ったのを匂いで感知したからだ。
ウィルはきっとマルコを助けて守りたかったのだ。今度こそ、大好きな人の為に自らの命を投げ打ってまで役に立ちたかったのだ。

「マルコ」
「……」
「ウィルはきっと幸せよ?」
「何故、そう言えるんだ?」
「ウイルスに侵されて死を迎えるよりも守りたかった人の手で死を迎えたもの」
「ッ……!」

エマの言葉にマルコは目を丸くした。そして、漸くエマへと顔を向けた。

「父が死んでからずっと塞ぎ込んでいたウィルに、あなたはチャンスを与えたのよ」
「チャンス……?」
「ウィルは大切な人の為に命を懸けて役に立ちたいと思う心を持って生ききったの。今度こそ助けて守れるそのチャンスを、マルコ、あなたがくれたのよ」
「!」
「生きたい気持ちはあったと思う。もっと一緒に居たかったと思う。ウィルはマルコが本当に好きだったから……」
「……」
「でも、あの子は自ら命を捨てる覚悟であなたを助けに行ったの。だから、悔やむ気持ちはわかるけど、あの子を褒めてあげて。きっとウィルはそれが一番嬉しいと思うから」

エマは手を伸ばしてマルコの腕に触れてそっと撫でた。マルコは少し目を丸くしたが、直ぐに眉間に皺を寄せて目元を手で覆うと僅かにコクリと頷いた。

「悪ィな……」
「泣くのは後よ」
「ッ、泣いてねェ」
「泣く暇があったら脱出する手立てを考えることに集中して」
「おい、泣いてねェって言ってンだろうが!」
「怒るということは肯定してるようなものよ」

怒鳴るマルコに対してエマは素っ気なく言った。そして、研究室へと入る第二扉を開けて中へと入っていった。

「くっ……」

マルコは少し頬を赤くしてギリッと奥歯を噛み締めた。そして、ふいっと顔を背けた。

「くそっ、冷てェ女だ」

悔し紛れにポツリと零した言葉。しかし、その言葉とは裏腹に、エマの度量の深さに感じ入ったマルコは礼を告げた。





ガシャンッ――!!

大きな音が地上の階で鳴り響いた。地下に続く扉を叩く音が地下研究施設の最奥にあるシェルターにまで聞こえて来る。
軍でも使用される厚手の防弾ガラスと特殊な防護板よって作られたシェルターの中には、マルコの血によって作られた血清を投与したことで回復の兆しを見せるダーク・ウォーカー。そして、マルコとエマがいる。
マルコがダーク・ウォーカーに注射器を刺して血を採っている。その間に、防弾ガラスの側に佇むエマは、それを破ろうと頭を打ち付ける変わり果てたジョージを見つめていた。唇を噛むようにして、悔しさを堪えてグッと拳を握った。

〜〜〜〜〜

早朝に完成した血清をダーク・ウォーカーに投与してから経過を見ていた。その間に、ダーク・ウォーカー達から襲撃を受けてしまったが、夕刻間近になった頃に漸く改善の兆しが見えた。
スプーナー・ウイルスに対する抗生剤の完成への糸口を掴んだことによる喜びと安堵で、ジョージは涙を浮かべて喜んだ。しかし、これまで懸命に耐えていた糸がプツリと切れたかのように、ジョージはその場に倒れて苦しみだした。そして――
前もってジョージに指示を受けていたマルコは、苦しむジョージに驚いて固まったエマの腕を掴むと寝台に眠るダーク・ウォーカーを担いで最奥のシェルターへと移動して扉をロックした。

「待ってマルコ!」
「エマ、落ち着け。これはジョージの指示だ」
「!」
「前もってこうなることはジョージも承知の上だ」
「ッ……」
「抗生剤の元となる血をこいつから採取したら第三都市『ディメル』ってェところに行く。良いな?」

研究室の中央で徐々に呼吸を乱して変異を始めるジョージ。それにエマは目を逸らすこともせずに見つめ続けた。
戸惑いはあるが狼狽えることは無く、泣き叫ぶことが無ければ涙すら見せない。動揺こそしているだろうが冷静さを保って懸命に現実を受け止めようとしている。

―― 強ェな…。

多分、きっと、エマ自身も何となく勘付いていたのだろう。ジョージに対するエマの態度に違和感を感じたのはこれだったのかもしれない。こうなることを覚悟をしていたのかもしれない。エマは決してジョージに勘付いたことを悟られまいと普段の平静さを装っていたのだ。
地下研究施設の扉が壊され、第二扉も破壊され、大量のダーク・ウォーカーが押し寄せて来た。その中心にいたのは、ダーク・ウォーカーを捕らえた際に雄叫びを上げた男だ。
他のダーク・ウォーカーよりも眼光が鋭く身体も大きくて異彩を放っている。そのダーク・ウォーカーは、防弾ガラスに額を打ち付けるジョージの首を掴み上げるとギリギリと力を込め始めた。
抜いた血液を容器に収めたマルコは、エマの腕を掴んで自身の方へと引っ張り込むとエマの目元を覆った。

ゴキッ!

首が圧し折られる音が大きく鳴った瞬間、エマの身体がビクンと跳ねた。身体から力が抜け落ちてダラリとなるジョージ。その姿を視界の端で捉えながらマルコの眼光は、そのダーク・ウォーカーに一点して厳しく睨み付けていた。

「エマ、泣くのは後だ」
「……泣いて…ないわ」
「あと何秒だ?」
「……十秒を切った」
「そうか。ギリギリだ」

マルコとエマがそう言葉を交わした時、ジョージの首を圧し折ったダーク・ウォーカーが雄叫びを上げた。そして、防弾ガラスに体当たりするように額を打ち付けた。
そのダーク・ウォーカーはやはり別格なようで力が強かった。たった一撃で、ペキペキッと音を為して壁にヒビが入って行く。その音にエマは驚くとマルコの手を払い除けて防護壁を見た。

―― そんな!

「これじゃあ耐えられない!」

マルコ達がシェルターに入った時、ジョージは最後の力を振り絞って最終手段となる仕掛けを作動させた。
研究施設から屋敷事木っ端微塵に吹き飛ばす時限爆弾だ。
シェルターは頑丈に作られた防弾ガラスの内側に強化された防護壁が設置されている。だが、防弾ガラスがあってこそ耐え得るものとして計算されている。それにヒビが入ってしまっては、爆発に耐えられない可能性が高くなるのだ。エマの父であるマイクが設計して、無い材料を必死に掻き集めて作ったものだ。エマはそれをよく理解していたが為に酷く動揺した。

―― 父が、ジョージ叔父さんが、命懸けでッ……、ここで終わるわけにはいかないのに!!

首が圧し折られておかしな方向に顔が向いたジョージの死体が見えた。エマの表情が切迫した中で悲痛なものへと変わった。滅多に大きく表情を崩さなかったエマのそれに気付いたマルコは、険しい表情を浮かべながらエマの気持ちを察して同情した。

―― エマ……。

〜〜〜〜〜

「マルコ君、エマは確かに強い子かもしれない。でもね、あの子の本質は、やっぱり泣き虫で、か弱い子なんだよ。だから――
エマを助けて守って欲しいんだ。マルコ君、エマを頼むよ。」

〜〜〜〜〜

昨晩、ジョージに告げられた言葉が頭の中で大きく響いた。
マルコはグッと目を瞑ると息を小さく吐いた。

―― オヤジなら ――
ジョージの思いに報いて、エマを娘として守るだろう。

ふとそう思った。
胸に彫った白ひげのマークに視線を落として、マルコは僅かに口角を上げて微笑した。そして、直ぐに厳しい表情に戻すと酷く動揺するエマの両肩を掴んだ。

「エマ、おれがいる」
「無理よ……」
「方法はある」
「でも、もう時間が……!」
「エマ、おれは不死鳥だ」
「!」

マルコがクツリと笑ってそう言うと青い炎を全身に纏って不死鳥へと変化した。タイムリミットが残り一秒となる瞬間、両翼を大きく広げてエマを包むようにして抱き込んだ。それと同時に眩しい閃光と共に大きな轟音が鳴り響き――地下研究施設は屋敷事爆発して消滅した。


〆栞
PREV  |  NEXT
BACK