06
白ひげの前に怯むことなく堂々と立つヤヒロに、ビスタは少し驚いた表情を浮かべた。和服の男は面白そうだと微笑を浮かべてヤヒロをじっと見つめる。二人の横に移動して並び立ったサッチは、改めてヤヒロに目を向けた。彼ももまたヤヒロに興味を抱いたようだ。
「オヤジ、鷹の目が連れて来たヤヒロだよい」
マルコはヤヒロの隣に並び立つと白ひげに告げた。そして、軽くポンッとヤヒロの頭に手を置いて一撫でしてから白ひげの方へと歩んで側に立つと反転してヤヒロを見据えた。
助け船…いつ出すんだ?
この時、またしても『不安』の二文字がヤヒロの中にふっと沸いて、心中穏やかではなかった。
ミホーク! ヘルプ!!――と心で叫んでも頼れる鷹はここにはいない。
さてさて、どうすれば良いのやらとヤヒロは頭を悩ませた。
正面にいる二人の視線と左側にいる三人の視線を一身に浴びる。大勢の人に囲まれて視線を一身に浴びること等、元夜叉鬼神七代目総長だったヤヒロにとっては慣れたもので全く気にしていない。例え白ひげから多少の威圧があったとしても問題無し。現状の大問題は、今からどのように話を展開して動かして行けば良いものかと、ただそれだけだった。
一方、意図して威圧的に迎えた白ひげは、怯むこと無く平然としているヤヒロを興味深げに目を細めた。
「グララララッ! どんな女かと思っていたが、なかなか肝が据わってるじゃねェか」
白ひげの声にヤヒロは思考の渦化から離れることにした。話の展開なんて考えたところでその通りに成り立つとは限らない。基本は出たとこ勝負で成るように成るだと腹を括った。
「ヤヒロと言ったな」
白ひげに頷いたヤヒロは口を開いた。
「単刀直入に言わせてもらうけど、白ひげさん、私をこの船に乗せてくれないか?」
「マルコから話は聞いたが……、お前ェ、赤髪の船に乗るかおれの船に乗るかの二択だったそうじゃねェか」
白ひげの言葉にサッチは驚きの表情を浮かべた。
「赤髪って、赤髪のシャンクスか!?」
「それでお前はこっちを選んだ。その理由は何だ?」
「興味があったからだ」
ミホークの言葉をそのまま借りてヤヒロは言った。ヤヒロにとって今はミホークの言葉程に頼れるものが他に無かったからだ。この言葉で押し通せるかどうかはわからない。だが意地でもこれで押し通すつもりだ。
「興味……か」
「そりゃあ赤髪のシャンクスにも興味はあったけど、それ以上にこちらに興味があった」
「グララララッ! 嘘はねェだろうな?」
白ひげは笑いながら言ったが目は笑っていなかった。睨むような目だ。白ひげから発せられるオーラが変わった気がして、ヤヒロは少しだけ眉をピクリと動かした。
「オヤジ!?」
マルコもその変化に気付いた。マルコだけではない。他の三人も同様だ。まさか覇気をぶつける気かと、誰もが懸念した。
しかし――
「嘘じゃねェ。嘘なんて証拠がどこにあんだ? 嘘だと思うならその理由を言いやがれ!」
「ッ…!?」
「な、何…!?」
「へェ……」
「マジ……?」
白ひげから異様な圧力を受けたヤヒロは、表情を一変して鋭い眼光で持って白ひげに啖呵を切った。
ガラリと変わった表情と態度、そして、強い物言いに、マルコやビスタ、和服の男とサッチは一様に驚きを隠せなかった。
オヤジの覇気をまともに受けて気を失うどころか啖呵を切るなんて、とんでもねェ女だ――と。
「グララララッ! なかなか言いやがる。確かに嘘の証拠なんざねェなァ」
「乗せるのか乗せないのか。返事は二択だ。それ以外の言葉はいらねェよ」
「ヤヒロ、てめェは一体何者だ?」
白ひげの覇気がより強まる。
本気で覇王色の覇気をぶつける気かと、マルコは視線を白ひげに向けた。
「(ちょっ、かなりマジな覇気じゃねェか!?)」
「(女相手に、オヤジは何を……)」
コソコソと話すサッチとビスタに煙管を僅かに噛んだイゾウは、気付いてねェのかと小声で口を挟んだ。何をと目で問い返す二人にイゾウはヤヒロを指すように顎を動かして言った。あの女の雰囲気が異様なものに変化し始めたと。
「「ッ!?」」
イゾウに言われてヤヒロに目を向けた二人は、鋭く尖る冷徹な目を宿して口端を上げた笑みを浮かべるヤヒロと、そこから発される好戦的で圧倒的な威圧に驚愕して固まった。白ひげの側に立っていたマルコも同様に感じ取ったのか目を見張っていた。
私が何者かだって?真実を語れない以上仕方が無ェ。異名でも何でも勝手に付けやがれ。と、特攻服を翻して白ひげに背中を向けたヤヒロは、親指で自身の背中を示しながら叫んだ。
「赤龍と青不死鳥を背負う音速の鬼神! 夜叉鬼神七代目総長真嶋八尋だ! 覚えやがれ!」
覇王色の覇気を当てられても全く脅威すら感じていないかのようなヤヒロに、片眉を上げた白ひげは口元に孤を描いて「鬼神か…」と言葉を漏らした。
「おうよ」
ニヤリと笑ったヤヒロは、白ひげに向き直すと中指を立てて「喧嘩上等!」と、完全に挑発的な態度を取った。
オヤジの覇気を受けて余計に強気になりやがった。……なんて女だ――と、マルコを始め、サッチとビスタ、そしてイゾウは思わずゴクリと固唾を飲んだ。
「グラララララッ!!!!」
「グラララララッ!!!!」
白ひげが声を上げて笑えば白ひげの笑い方を真似てヤヒロも笑った。
「あァ、面白ェ。上等だ」
白ひげは覇気を引っ込めた。
「あの鷹の目がわざわざ連れて来ただけの女ではあるな。気に入った。船に乗れ」
「え、本当に!?」
許可された途端にヤヒロはパッと雰囲気を変えて満面の笑顔を浮かべた。その変わり様に呆気に取られたマルコが「お、お前……」と、思わず声を漏らした。
「グララララッ! 鬼が一瞬で消えちまったなァ! 益々気に入ったぜ! 船に乗せる条件を付ける!」
「は…、条件? 乗せるって言ったのに?」
白ひげの不穏な言葉を耳にして眉間に皺を寄せたヤヒロが怪訝な表情を浮かべた。そう警戒するなと白ひげはニヤリと笑う。
「条件は簡単だ。ヤヒロ、おれの娘になれ。それがこの船に乗る条件だ」
「む、娘!?」
「あァそうだ。この船に乗っている奴らは全員おれの息子だ。血の繋がりはねェが、この船の船員は家族だ。お前もこの船の一員になるならおれの娘になりやがれ!」
白ひげの船に乗せて貰えるのなら何でも良かったのだが、まさかこうもあっさりと一員として迎え入れて貰えるとは思っていなかった。家族として受け入れて貰おうとするならば、たぶんきっと時間を掛けてじっくりと信用を集めなければならないだろうと思っていたというのに――。
「わ、わかった」
驚きを隠せないままヤヒロは戸惑い気味に頷いた。
「娘になるよ。宜しく白ひげさん」
「バカ野郎が、娘が親に向かって他人行儀に名を呼ぶんじゃねェよ」
「!」
目を丸くしたヤヒロは、顔が熱くなるのを感じながら頷いて再び口を開いた。
「えっと、宜しく。お、オヤジ……」
何だか恥ずかしいなと照れ隠しにカリカリと頭を掻いたヤヒロに、可愛いところもあるじゃねェかと白ひげはグラグラと笑った。
「あァ、宜しくなァ。サッチ、今夜は宴だ。準備しろ」
「お、おう、了解!」
「イゾウ、ビスタ、お前達も手伝ってやれ」
「わかったよ」
「うむ」
あ、イゾウって名前だけ何となく聞き覚えがあったな。和服の彼がそうか――と、白ひげの指示を受けて出て行くサッチ、ビスタ、イゾウの背中を見送ったヤヒロが再び白ひげへと顔を向けると、思いの外真剣な目を向ける白ひげに、おや?とヤヒロは目をパチクリとさせた。
「ヤヒロ」
「あ、はい」
「他に何か言うことがあるんじゃねェのか?」
「え……?」
白ひげの問いにヤヒロは心ならずも心臓がドキンと跳ねるのを感じた。
「オヤジ、何を」
「マルコ、何も言うな。ヤヒロ、お前はどこから来やがったんだ?」
「!」
お、おい……、何だよいきなり? 和解しただろ?
思わずヤヒロは固くなって立ちすくんだ。その様子に白ひげは確信を得て言った。「鷹の目はおれを何と言っていた?」――と。
「それは……」
白ひげが何を意図してそのようなことを言っているのかわからなかったが、ヤヒロはミホークとの会話を覚えている限り思い出そうとした。
―― …………あ。
『白ひげは理解ある男だ』
ミホークの言葉が鮮明に頭の中に響いた。そこにまるでミホークがいるかのように声がはっきりと聞こえた気がした。
そうか。事の真実を白ひげには話せってことか……。と、ヤヒロは理解して小さく頷いた。
「成程。三人を下がらせたのには意図があったってことか」
「マルコをここに置くのはお前の世話を任せる為だけじゃねェ、全てを知っておく必要があると踏んでのことだ。側にいる人間が何も知らねェではお前もそうそう心は許さねェ。違うかヤヒロ?」
「流石! 伊達に千六百人の頭を張ってるだけあるな!」
白ひげに対して素直に感服した言葉を口にしたヤヒロは、ふとマルコに目を向けた。眉間に皺を寄せた表情を浮かべてどこか不機嫌そうなマルコに、あれ?どうした?とばかりに少しだけ首を傾げたヤヒロは、とりあえずコホンと一つ咳払いをして改めて背筋を伸ばした。
「ミホークに話をしたことを全て話すよ。けど、これは二人の心内にしまっておいて欲しい。ミホークはそれを快く約束してくれた。だから――」
「グララララッ! 信用しろヤヒロ。おれは口が堅ェ方だ。それと、マルコもな」
「はァ……。まァ、何も知らねェよりは良い。ヤヒロ、おれも誰にも言わねェから話してくれよい」
「わかった」
頷いたヤヒロはゆっくりと話し始めた。
自分がいた世界と、その世界での自分。そして、この世界へ来た経緯とミホークとの出会い。最後に赤髪の船から白ひげ海賊団の船へと進路を変更した理由をありのまま全てを――話せば話す程、白ひげの表情は一変して鋭く険しいものへと変わって、マルコも同様に眉間に深い皺を寄せて怪訝な表情へと変えていった。
当然だ。誰だって不幸な末路を辿る未来なんて知りたくない。
彼らの心情を慮りながら話を終えたヤヒロは溜息を吐いた。
「嘘じゃねェな?」
「それこそさっき言った言葉を返すよ」
「グララララッ、さっきよりか信憑性のある表情をして語っていたお前の話を嘘だとは言えねェな」
「ヤヒロ、お前……、それを変える為にこの船に来たってェのは何故だ?」
「え?」
「何故お前はエースを……、この船を救いたいと思ったんだって聞いてんだよい!」
ヤヒロに詰め寄って両肩を掴んだマルコの表情は悲痛そのものだった。
―― ッ、……マルコ……。
残された側の心の痛みがどれ程のものか、親しい人を亡くしたことがあるヤヒロは身に染みて知っている。慕う親を亡くし、友を亡くし、義弟を亡くして、生き残ったマルコの心にどれ程の傷を付け痛みを伴わせることになるのか、喉が塞がるような切ない気持ちにギリッと奥歯を噛み締めたヤヒロはマルコの胸倉を掴んだ。
「あんたの……、あんたのそういう顔が見たくないからだ」
「!」
「オヤジだって死ぬ直前にエースが死ぬ姿を目にした。涙を流していた。エースの義弟でもあるルフィが壊れかけたんだ。そりゃ未来を変えるなんて大それた考えだと思う。ひょっとしたら違った未来が来るかもしれない。でも、もし私が知っている未来が起こってしまったら……」
声が尻すぼみに小さくなって言葉を詰まらせたヤヒロは、顔を俯かせるとヒュッと喉を鳴らすように息を飲み込んだ。
胸倉を掴むヤヒロの手が僅かに震えているのを感じたマルコが「ヤヒロ……?」と声を掛けると、掴む手に力が籠められた。
「この世界に生きているなら、この世界に生きるなら! この世界の人間として生きるしか無いのなら!! 未来を変える権利ぐらい私にだってあっても良いだろ!?」
感情が昂って叫んだヤヒロは、ボロボロと涙を零こぼして頬を濡らした。
あァ、クソッ!また泣いた!
この世界に来てから涙脆くなってしまったみたいだと、手を離したヤヒロは顔を俯かせると袖口で零れ落ちる涙を拭った。ひっくひっくと乱れる呼吸を何とか落ち着かせようとした時、ふわりと身体が包まれる感覚に襲われた。
「え……?」
「悪かった。泣くなよい……ヤヒロ」
目の前にある紺色の刺青に目を丸くしたヤヒロは、マルコに抱き締められたのだとわかった。焦って離れようと身を引こうとしたヤヒロだったが、マルコの手がヤヒロの後頭部に回ると逆に引き寄せられ、マルコの胸板にトンッと額が触れて更に目を見張った。
「何して」
「泣き顔なんて人に見られたくねェだろうよい」
「――ッ…!」
マルコの言葉を聞いてしまったらヤヒロは何も言えなくなった。
数日前にも同じように気遣われたことを思い出す。そして、泣き顔など人に見られるのは嫌いだろうと同じ言葉を掛けられたことも。
「な…んで……?」
「何となく……、ヤヒロを見てるとそう思った」
お前の為人を見ていれば何となくわかる。理由まで同じとは思いもしなくて。
「ふっ…うっ…」
何とも言えない気持ちが溢れ出したヤヒロは、耐え切れずに嗚咽を漏らし始めた。
「うァァ…あァァッ!!」
急激に膨らんでに押し寄せる『不安』によって張り詰めた気持ちが弾けると、ヤヒロはマルコのシャツをギュッと握り締めて泣き出した。
「マルコ、ヤヒロのことだが」
「わかってるよいオヤジ。ヤヒロから聞いた話は誰にも言わねェ。それに、」
ヤヒロを守護するのはおれの役目みてェなもんだ――と、マルコは白ひげに笑みを浮かべた。
「あァ、そうだな」
目を細めた白ひげから視線を外して胸元にいるヤヒロに向けたマルコは、落ち着けとばかりに背中をトントンと叩いて優しく撫でながら、背中に鮮やかに模された青い不死鳥に触れてクツリと笑みを零した。それから暫くして――
漸く落ち着きを取り戻したヤヒロは、恥ずかしさも相俟って顔を上げるに上げれなかった。
「わ、悪い」
「構わねェよい」
マルコに一応御礼を告げて握り締めたシャツを離したヤヒロは、バカの一つ覚えのようにバクバクと激しく踊り続ける心臓に、また別の意味で泣きそうになった。
マジで何だ!? 何でマルコに抱き締められて慰められてんだ!? それでも鬼神の真嶋八尋か!?
絶対に昔の仲間には知られたくない恥部だ。ゴロゴロと悶え苦しむ胸中を抱えたヤヒロは、「ガッデーム!」と声を上げて自分に怒りをぶつけて悔やんだ。
「恐らく鷹の目は赤髪に話をするだろうなァ」
「!!」
白ひげの言葉にヤヒロはハッと我を取り戻して顔をバッと上げた。
「な、何で?」
片眉を上げた白ひげは「そりゃあ…」と声を漏らすと、「お前の背中にあるのは何も不死鳥だけじゃあねェだろうが」と言った。
「あ……、赤龍か」
「赤髪のレッド・フォース号は、赤い龍を模した船だよい」
「!」
「鷹の目がヤヒロの話を赤髪にすれば近い内に会うことになるかもしれねェなァ」
白ひげの言葉にヤヒロは「あの鷹は意外にも世話焼きなんだな」とポツリと零した。
「ククッ…ハハハ! 鷹の目をそういう風に言える奴なんてヤヒロぐらいだよい!」
「グララララッ!!」
ムッとしたヤヒロは思った。
白ひげも不死鳥も鷹と同類だろ。口が裂けても言わないけどな――と。
「オヤジ、鷹の目が連れて来たヤヒロだよい」
マルコはヤヒロの隣に並び立つと白ひげに告げた。そして、軽くポンッとヤヒロの頭に手を置いて一撫でしてから白ひげの方へと歩んで側に立つと反転してヤヒロを見据えた。
助け船…いつ出すんだ?
この時、またしても『不安』の二文字がヤヒロの中にふっと沸いて、心中穏やかではなかった。
ミホーク! ヘルプ!!――と心で叫んでも頼れる鷹はここにはいない。
さてさて、どうすれば良いのやらとヤヒロは頭を悩ませた。
正面にいる二人の視線と左側にいる三人の視線を一身に浴びる。大勢の人に囲まれて視線を一身に浴びること等、元夜叉鬼神七代目総長だったヤヒロにとっては慣れたもので全く気にしていない。例え白ひげから多少の威圧があったとしても問題無し。現状の大問題は、今からどのように話を展開して動かして行けば良いものかと、ただそれだけだった。
一方、意図して威圧的に迎えた白ひげは、怯むこと無く平然としているヤヒロを興味深げに目を細めた。
「グララララッ! どんな女かと思っていたが、なかなか肝が据わってるじゃねェか」
白ひげの声にヤヒロは思考の渦化から離れることにした。話の展開なんて考えたところでその通りに成り立つとは限らない。基本は出たとこ勝負で成るように成るだと腹を括った。
「ヤヒロと言ったな」
白ひげに頷いたヤヒロは口を開いた。
「単刀直入に言わせてもらうけど、白ひげさん、私をこの船に乗せてくれないか?」
「マルコから話は聞いたが……、お前ェ、赤髪の船に乗るかおれの船に乗るかの二択だったそうじゃねェか」
白ひげの言葉にサッチは驚きの表情を浮かべた。
「赤髪って、赤髪のシャンクスか!?」
「それでお前はこっちを選んだ。その理由は何だ?」
「興味があったからだ」
ミホークの言葉をそのまま借りてヤヒロは言った。ヤヒロにとって今はミホークの言葉程に頼れるものが他に無かったからだ。この言葉で押し通せるかどうかはわからない。だが意地でもこれで押し通すつもりだ。
「興味……か」
「そりゃあ赤髪のシャンクスにも興味はあったけど、それ以上にこちらに興味があった」
「グララララッ! 嘘はねェだろうな?」
白ひげは笑いながら言ったが目は笑っていなかった。睨むような目だ。白ひげから発せられるオーラが変わった気がして、ヤヒロは少しだけ眉をピクリと動かした。
「オヤジ!?」
マルコもその変化に気付いた。マルコだけではない。他の三人も同様だ。まさか覇気をぶつける気かと、誰もが懸念した。
しかし――
「嘘じゃねェ。嘘なんて証拠がどこにあんだ? 嘘だと思うならその理由を言いやがれ!」
「ッ…!?」
「な、何…!?」
「へェ……」
「マジ……?」
白ひげから異様な圧力を受けたヤヒロは、表情を一変して鋭い眼光で持って白ひげに啖呵を切った。
ガラリと変わった表情と態度、そして、強い物言いに、マルコやビスタ、和服の男とサッチは一様に驚きを隠せなかった。
オヤジの覇気をまともに受けて気を失うどころか啖呵を切るなんて、とんでもねェ女だ――と。
「グララララッ! なかなか言いやがる。確かに嘘の証拠なんざねェなァ」
「乗せるのか乗せないのか。返事は二択だ。それ以外の言葉はいらねェよ」
「ヤヒロ、てめェは一体何者だ?」
白ひげの覇気がより強まる。
本気で覇王色の覇気をぶつける気かと、マルコは視線を白ひげに向けた。
「(ちょっ、かなりマジな覇気じゃねェか!?)」
「(女相手に、オヤジは何を……)」
コソコソと話すサッチとビスタに煙管を僅かに噛んだイゾウは、気付いてねェのかと小声で口を挟んだ。何をと目で問い返す二人にイゾウはヤヒロを指すように顎を動かして言った。あの女の雰囲気が異様なものに変化し始めたと。
「「ッ!?」」
イゾウに言われてヤヒロに目を向けた二人は、鋭く尖る冷徹な目を宿して口端を上げた笑みを浮かべるヤヒロと、そこから発される好戦的で圧倒的な威圧に驚愕して固まった。白ひげの側に立っていたマルコも同様に感じ取ったのか目を見張っていた。
私が何者かだって?真実を語れない以上仕方が無ェ。異名でも何でも勝手に付けやがれ。と、特攻服を翻して白ひげに背中を向けたヤヒロは、親指で自身の背中を示しながら叫んだ。
「赤龍と青不死鳥を背負う音速の鬼神! 夜叉鬼神七代目総長真嶋八尋だ! 覚えやがれ!」
覇王色の覇気を当てられても全く脅威すら感じていないかのようなヤヒロに、片眉を上げた白ひげは口元に孤を描いて「鬼神か…」と言葉を漏らした。
「おうよ」
ニヤリと笑ったヤヒロは、白ひげに向き直すと中指を立てて「喧嘩上等!」と、完全に挑発的な態度を取った。
オヤジの覇気を受けて余計に強気になりやがった。……なんて女だ――と、マルコを始め、サッチとビスタ、そしてイゾウは思わずゴクリと固唾を飲んだ。
「グラララララッ!!!!」
「グラララララッ!!!!」
白ひげが声を上げて笑えば白ひげの笑い方を真似てヤヒロも笑った。
「あァ、面白ェ。上等だ」
白ひげは覇気を引っ込めた。
「あの鷹の目がわざわざ連れて来ただけの女ではあるな。気に入った。船に乗れ」
「え、本当に!?」
許可された途端にヤヒロはパッと雰囲気を変えて満面の笑顔を浮かべた。その変わり様に呆気に取られたマルコが「お、お前……」と、思わず声を漏らした。
「グララララッ! 鬼が一瞬で消えちまったなァ! 益々気に入ったぜ! 船に乗せる条件を付ける!」
「は…、条件? 乗せるって言ったのに?」
白ひげの不穏な言葉を耳にして眉間に皺を寄せたヤヒロが怪訝な表情を浮かべた。そう警戒するなと白ひげはニヤリと笑う。
「条件は簡単だ。ヤヒロ、おれの娘になれ。それがこの船に乗る条件だ」
「む、娘!?」
「あァそうだ。この船に乗っている奴らは全員おれの息子だ。血の繋がりはねェが、この船の船員は家族だ。お前もこの船の一員になるならおれの娘になりやがれ!」
白ひげの船に乗せて貰えるのなら何でも良かったのだが、まさかこうもあっさりと一員として迎え入れて貰えるとは思っていなかった。家族として受け入れて貰おうとするならば、たぶんきっと時間を掛けてじっくりと信用を集めなければならないだろうと思っていたというのに――。
「わ、わかった」
驚きを隠せないままヤヒロは戸惑い気味に頷いた。
「娘になるよ。宜しく白ひげさん」
「バカ野郎が、娘が親に向かって他人行儀に名を呼ぶんじゃねェよ」
「!」
目を丸くしたヤヒロは、顔が熱くなるのを感じながら頷いて再び口を開いた。
「えっと、宜しく。お、オヤジ……」
何だか恥ずかしいなと照れ隠しにカリカリと頭を掻いたヤヒロに、可愛いところもあるじゃねェかと白ひげはグラグラと笑った。
「あァ、宜しくなァ。サッチ、今夜は宴だ。準備しろ」
「お、おう、了解!」
「イゾウ、ビスタ、お前達も手伝ってやれ」
「わかったよ」
「うむ」
あ、イゾウって名前だけ何となく聞き覚えがあったな。和服の彼がそうか――と、白ひげの指示を受けて出て行くサッチ、ビスタ、イゾウの背中を見送ったヤヒロが再び白ひげへと顔を向けると、思いの外真剣な目を向ける白ひげに、おや?とヤヒロは目をパチクリとさせた。
「ヤヒロ」
「あ、はい」
「他に何か言うことがあるんじゃねェのか?」
「え……?」
白ひげの問いにヤヒロは心ならずも心臓がドキンと跳ねるのを感じた。
「オヤジ、何を」
「マルコ、何も言うな。ヤヒロ、お前はどこから来やがったんだ?」
「!」
お、おい……、何だよいきなり? 和解しただろ?
思わずヤヒロは固くなって立ちすくんだ。その様子に白ひげは確信を得て言った。「鷹の目はおれを何と言っていた?」――と。
「それは……」
白ひげが何を意図してそのようなことを言っているのかわからなかったが、ヤヒロはミホークとの会話を覚えている限り思い出そうとした。
―― …………あ。
『白ひげは理解ある男だ』
ミホークの言葉が鮮明に頭の中に響いた。そこにまるでミホークがいるかのように声がはっきりと聞こえた気がした。
そうか。事の真実を白ひげには話せってことか……。と、ヤヒロは理解して小さく頷いた。
「成程。三人を下がらせたのには意図があったってことか」
「マルコをここに置くのはお前の世話を任せる為だけじゃねェ、全てを知っておく必要があると踏んでのことだ。側にいる人間が何も知らねェではお前もそうそう心は許さねェ。違うかヤヒロ?」
「流石! 伊達に千六百人の頭を張ってるだけあるな!」
白ひげに対して素直に感服した言葉を口にしたヤヒロは、ふとマルコに目を向けた。眉間に皺を寄せた表情を浮かべてどこか不機嫌そうなマルコに、あれ?どうした?とばかりに少しだけ首を傾げたヤヒロは、とりあえずコホンと一つ咳払いをして改めて背筋を伸ばした。
「ミホークに話をしたことを全て話すよ。けど、これは二人の心内にしまっておいて欲しい。ミホークはそれを快く約束してくれた。だから――」
「グララララッ! 信用しろヤヒロ。おれは口が堅ェ方だ。それと、マルコもな」
「はァ……。まァ、何も知らねェよりは良い。ヤヒロ、おれも誰にも言わねェから話してくれよい」
「わかった」
頷いたヤヒロはゆっくりと話し始めた。
自分がいた世界と、その世界での自分。そして、この世界へ来た経緯とミホークとの出会い。最後に赤髪の船から白ひげ海賊団の船へと進路を変更した理由をありのまま全てを――話せば話す程、白ひげの表情は一変して鋭く険しいものへと変わって、マルコも同様に眉間に深い皺を寄せて怪訝な表情へと変えていった。
当然だ。誰だって不幸な末路を辿る未来なんて知りたくない。
彼らの心情を慮りながら話を終えたヤヒロは溜息を吐いた。
「嘘じゃねェな?」
「それこそさっき言った言葉を返すよ」
「グララララッ、さっきよりか信憑性のある表情をして語っていたお前の話を嘘だとは言えねェな」
「ヤヒロ、お前……、それを変える為にこの船に来たってェのは何故だ?」
「え?」
「何故お前はエースを……、この船を救いたいと思ったんだって聞いてんだよい!」
ヤヒロに詰め寄って両肩を掴んだマルコの表情は悲痛そのものだった。
―― ッ、……マルコ……。
残された側の心の痛みがどれ程のものか、親しい人を亡くしたことがあるヤヒロは身に染みて知っている。慕う親を亡くし、友を亡くし、義弟を亡くして、生き残ったマルコの心にどれ程の傷を付け痛みを伴わせることになるのか、喉が塞がるような切ない気持ちにギリッと奥歯を噛み締めたヤヒロはマルコの胸倉を掴んだ。
「あんたの……、あんたのそういう顔が見たくないからだ」
「!」
「オヤジだって死ぬ直前にエースが死ぬ姿を目にした。涙を流していた。エースの義弟でもあるルフィが壊れかけたんだ。そりゃ未来を変えるなんて大それた考えだと思う。ひょっとしたら違った未来が来るかもしれない。でも、もし私が知っている未来が起こってしまったら……」
声が尻すぼみに小さくなって言葉を詰まらせたヤヒロは、顔を俯かせるとヒュッと喉を鳴らすように息を飲み込んだ。
胸倉を掴むヤヒロの手が僅かに震えているのを感じたマルコが「ヤヒロ……?」と声を掛けると、掴む手に力が籠められた。
「この世界に生きているなら、この世界に生きるなら! この世界の人間として生きるしか無いのなら!! 未来を変える権利ぐらい私にだってあっても良いだろ!?」
感情が昂って叫んだヤヒロは、ボロボロと涙を零こぼして頬を濡らした。
あァ、クソッ!また泣いた!
この世界に来てから涙脆くなってしまったみたいだと、手を離したヤヒロは顔を俯かせると袖口で零れ落ちる涙を拭った。ひっくひっくと乱れる呼吸を何とか落ち着かせようとした時、ふわりと身体が包まれる感覚に襲われた。
「え……?」
「悪かった。泣くなよい……ヤヒロ」
目の前にある紺色の刺青に目を丸くしたヤヒロは、マルコに抱き締められたのだとわかった。焦って離れようと身を引こうとしたヤヒロだったが、マルコの手がヤヒロの後頭部に回ると逆に引き寄せられ、マルコの胸板にトンッと額が触れて更に目を見張った。
「何して」
「泣き顔なんて人に見られたくねェだろうよい」
「――ッ…!」
マルコの言葉を聞いてしまったらヤヒロは何も言えなくなった。
数日前にも同じように気遣われたことを思い出す。そして、泣き顔など人に見られるのは嫌いだろうと同じ言葉を掛けられたことも。
「な…んで……?」
「何となく……、ヤヒロを見てるとそう思った」
お前の為人を見ていれば何となくわかる。理由まで同じとは思いもしなくて。
「ふっ…うっ…」
何とも言えない気持ちが溢れ出したヤヒロは、耐え切れずに嗚咽を漏らし始めた。
「うァァ…あァァッ!!」
急激に膨らんでに押し寄せる『不安』によって張り詰めた気持ちが弾けると、ヤヒロはマルコのシャツをギュッと握り締めて泣き出した。
「マルコ、ヤヒロのことだが」
「わかってるよいオヤジ。ヤヒロから聞いた話は誰にも言わねェ。それに、」
ヤヒロを守護するのはおれの役目みてェなもんだ――と、マルコは白ひげに笑みを浮かべた。
「あァ、そうだな」
目を細めた白ひげから視線を外して胸元にいるヤヒロに向けたマルコは、落ち着けとばかりに背中をトントンと叩いて優しく撫でながら、背中に鮮やかに模された青い不死鳥に触れてクツリと笑みを零した。それから暫くして――
漸く落ち着きを取り戻したヤヒロは、恥ずかしさも相俟って顔を上げるに上げれなかった。
「わ、悪い」
「構わねェよい」
マルコに一応御礼を告げて握り締めたシャツを離したヤヒロは、バカの一つ覚えのようにバクバクと激しく踊り続ける心臓に、また別の意味で泣きそうになった。
マジで何だ!? 何でマルコに抱き締められて慰められてんだ!? それでも鬼神の真嶋八尋か!?
絶対に昔の仲間には知られたくない恥部だ。ゴロゴロと悶え苦しむ胸中を抱えたヤヒロは、「ガッデーム!」と声を上げて自分に怒りをぶつけて悔やんだ。
「恐らく鷹の目は赤髪に話をするだろうなァ」
「!!」
白ひげの言葉にヤヒロはハッと我を取り戻して顔をバッと上げた。
「な、何で?」
片眉を上げた白ひげは「そりゃあ…」と声を漏らすと、「お前の背中にあるのは何も不死鳥だけじゃあねェだろうが」と言った。
「あ……、赤龍か」
「赤髪のレッド・フォース号は、赤い龍を模した船だよい」
「!」
「鷹の目がヤヒロの話を赤髪にすれば近い内に会うことになるかもしれねェなァ」
白ひげの言葉にヤヒロは「あの鷹は意外にも世話焼きなんだな」とポツリと零した。
「ククッ…ハハハ! 鷹の目をそういう風に言える奴なんてヤヒロぐらいだよい!」
「グララララッ!!」
ムッとしたヤヒロは思った。
白ひげも不死鳥も鷹と同類だろ。口が裂けても言わないけどな――と。
夜叉鬼神
【〆栞】