「よかった、ピーターに会えた!」
「待って待って待って!なにしてるの!?仕事は!?」
ナマエだとわかった途端に駆け寄り、パチパチと驚きで瞬きを繰り返すピーター。ナマエは「ふふっ」と楽しそうに笑うと今日のことを話し始めた。
「今日ね、初出勤だからお昼まででいいよって言ってもらえてね。どうしようかなって思ったんだけど帰るのも勿体無いしちょっとだけ散歩してたの。そしたらね、この前ピーターと出かけた時にピーターの学校のことを教えてもらったの思い出して、今から行けばちょうど帰宅時間かなー?と思ったの」
ピーターを見つけられて少し舞い上がっているのか、いつもよりずっと饒舌に今日の出来事を話すナマエがなんだか可愛く見えて、「へえ、そうなんだ」と言うピーターの顔は次第に緩み始めていた。
「たくさん生徒いるし、会えなかったらどうしようかと思ってたから、会えてよかった」
「うん、僕もナマエに」
会えてよかった
と、つられて言おうとしたピーターだったが「ゴホンゴホン」という態とらしい咳払いに言葉は遮られた。
驚いて振り返るとそこには呆れた顔をしたネッドが二人を見ており、ピーターは自分が口走ろうとしてた言葉を思い出し、恥ずかしさからネッドから顔を背けた。
「あら、ピーターのお友達?」
ぱっ、と花が開くような笑顔を見せたのはナマエだ。「あ、えっと、彼がネッド」とピーターがもごもご紹介するとナマエはさらに顔を綻ばせると、ネッドに向けて手を差し出し握手を求めた。
前に学校の事を聞かれたときネッドのことは話していた。「あなたが!」と言うナマエは嬉しそうだ。
「はじめまして、ネッドくん。ピーターから聞きました」
「こちらこそ、ピーターから聞いてます。さっきもあなたの話しをたくさん」
「っ、おい、ネッド」
「何だよ本当のことだろ」
「ふふ、二人は仲がいいのね」
「ええ、そうなんですよ、ピーターとはずっとこんな感じで」
いつもとは違う丁寧な喋り方と声音で話すネッドにピーターは眉を寄せ怪訝な顔をした。
おまけにネッドはナマエの手を両手で握っている。ナマエはなにも気にしていないのかクスクス笑っているがピーターはその手を見て笑うことができなかった。
「おい、ネッドいつまで握ってるんだよ、いい加減離せって…!」
「なんだよ、そんなピリピリすることないだろ、すいませんねナマエさん、コイツ意外とヤキモチ焼きで」
「ちがっ!!ナマエが困るから離せってこと!」
ヤキモチ焼き、という言葉を誤魔化すようにネッドの手をナマエから引き剥がす。
さっきネッドの前でナマエを絶賛してしまったピーター。これ以上何か言われてはたまったものではない。咄嗟にナマエの手を取ると「行こう!」と言って歩き出す。
「でも、ピーター!ネッド君が…!」
「いいから!ネッド!また明日!」
「あ、あのネッド君!また改めてお話ししましょう!」
ピーターに手を引かれながら、もう片方の手を大きく振るナマエ。ネッドは呆れたように笑うとナマエに応えるように片手を振った。
「ナマエさんか…いいなぁ。ピーターが絶賛するのも分かる気がする」
「……ねえ、今の誰?」
「うわっ!?な、なんだよMJか…脅かさないでくれよ…」
褐色の肌にソバージュの髪の毛。突然ネッドの背後にゆらりと現れたのはミシェルだった。クールであまり感情を顔に出さない彼女が少し眉を寄せ、ピーターとナマエの背中を見ていた。
「あの人は何?」
「ん?…ああ、ナマエさんか。ピーターの家の同居人」
「同居人?」
「そう。俺もあまり詳しく知らないけど。でもピーターの奴あの人に夢中なんだ」
そう言ってニヤニヤと笑うネッド。ミシェルは視線を二人へと向ける。ピーターに手を引かれながら歩いて行く姿。何を話しているかは分からないが。
「…ふーん」
二人を見送りながら、ミシェルは目を細めると、読めない表情のままそう呟いた。
・・・
「ピーター、ねえピーター」
クン、と手を引かれたのはネッドと離れてからしばらくたった頃。
学校近くのバスでは同級生と会ってしまう可能性が高いため、ピーターは少し離れたバス停にいこうとナマエの手を引いていた。
「ねえねえ」という言葉と共に手を引かれ、ピーターは足を止めると振り返った。
「なに、どうかした?」
「どこに行くのかなと思って」
「どこって…、家じゃないの?」
「せっかく会えたのに?」
「え?」
「せっかく仕事が早く終わって、せっかくピーターにも会えたのに?このまま家に帰るの?」
詰め寄るように言うナマエの顔はどこか楽しそう。「え?えっと、?」とナマエの言いたいことが分からず目を白黒させるピーターを見てニコリと微笑む。そして繋いでいた手を軽く引いてピーターに一歩近づくと。
「出かけよう、これから二人で!ね?」
そう言って今度はナマエがピーターの手を引くようにして歩き出した。
引っ張られるように慌てて歩き出したピーター。「ここからなら一番近い駅はどこかな」と言いながら歩くナマエの背に向けて口を開いた。
「ナマエ、あの、」
「うん?あ、もしかしてこの後用事があった?」
「ううん!そうじゃない!そうじゃないけど、」
「じゃあ付き合って?」
「それは全然いいんだけど」
繋がれた手のせいだろうか。繋いだのはピーターからだったが。二人で出かけるのも初めてじゃない。それでも。
なんだか、デートみたいだ
ナマエの顔を見て、言えない言葉を飲み込む。
「ピーター?」
「…な、何でもない、大丈夫だよ。どこに行こうか?」
「近くにショッピングモールがあるでしょ?そこに行きましょ!」
「わかった、そしたら電車で行くよりもバスの方が早いかな、近くにシャトルバスがあるから」
そっちから行こう、と行って今度は二人で足並みを揃えて歩き出す。
繋いだままの手はこのままでいいのだろうか。せめてバスに乗るまではこのまま繋いでいられるだろうか。ナマエが嫌じゃなければ、それまでは繋いでいたい。そんなことを考えた。
「ありがとう。あ、ピーター、ショッピングモールについたら休憩して、それから色々見てまわりましょ」
楽しそうなナマエを見ていると安心するような、暖かくなるような、不思議な感覚がした。
「ねえ、ピーター」
「うん?」
「デートみたいね!」
飲み込んだ言葉をアッサリ言ってのけたナマエにピーターは「ぶはっ」と思い切り吹き出した。