「わあ、雰囲気は大体日本と一緒ね」
「日本のゲームセンターもここと同じ感じなんだ」
「そうなの。懐かしなあ、学生の頃は友達とよく行ったなぁ」
懐かしそうに微笑んだナマエ。
先ほどまでパンフレットで隠れていた顔も、今はよく見えている。隠しているのもそれそれで面白く感じたが、やはり顔は見える方がいい。
「ナマエはどんなゲームをしてたの?」
「んー、色々してたかな。レース系もしたし、シューティングもやってたし」
「僕と勝負する?」
「あら、手加減しないけどいい?」
そう言って二人で吹き出して笑った。
「ねえあっちも見てみていい?」と言って歩き出すナマエはタイトスカートに高めのヒール。ジャケットは脱いで手に持っているものの、どこからどう見ても大人な女性だ。
彼女の後ろ姿を見てると、自分がすごく子供に思えた。コツコツ鳴るヒールをスニーカーで追いかける。それだけの事でもお互いの年齢の違いを感じた。
「ねえ、ピーターあれ面白そう!」
だけど、振り返って僕に微笑んでくれるナマエは大人だけどそうじゃなくて。同じ目線に立てているような安心感があるんだ。
「どれ?やってみる?」
「出来そうだったらやってみたいっ」
まるで僕と同じ学生のように楽しんでるナマエを見てるとこっちまで楽しくなって、不思議な気持ちだ。
そうだ、ナマエは、不思議だ。
胸が痛くなったり、モヤモヤしたり、胸が忙しなくて。でも笑ってる顔を見ると馬鹿みたいに安心して、嬉しくなる。
今も僕の名前を繰り返し呼んで、手招きしている。近づいて、指差す方を見て、笑って、それからまた移動する。僕があれ面白いよと言えば「どれ?」と興味を持ってくれる。まるで呼吸をするように自然と出来る会話が心地いい。
「せっかく一緒に来たんだし、何か一緒にやろう」
「ええ、じゃあピーターのおすすめ、を……」
「ナマエ?どうかした?」
突然足が止まってしまったナマエに近づく。
とあるゲーム機を見つめたまま動かなくなってしまった彼女の視線の先を追うように見てみると、プライズゲームが置いてあった。まるで吸い寄せられるように手をついてまじまじと景品を見つめるナマエ。
どんな景品だろ、お菓子か何かかな?と思って中を覗いた瞬間、驚きで目が大きく開いてしまったのが自分でもわかった。
「す、スパイダーマン…っ」
「ピーター知ってるの?」
「えっ!?あ!うん!そうだね、し、知ってるっていうか、ここに住んでる人は大体知ってるんじゃないかな!?」
「そっか、有名なのね」
そう言って、なんだか面白そうにクスクス笑ったナマエとは裏腹に僕の心臓はバクバク音を立てていた。
確かに僕は一度スパイダーマンとしてナマエと会って話しをしてる。もちろんその事はバレてないと思うし、自信もあるけど。
スパイダーマンとして会った時には僕の話しをされてドキドキして、今度は逆にスパイダーマンの話しをふられてドキドキするなんて。
「えと、ナマエ知ってたんだ!意外だな!」
「ふふ、そうなの、最近知ったのよ」
どこか嬉しそうに微笑む顔は僕にも向けてくれたことがない表情で、相手はスパイダーマンの僕自身だというのに少しむっとしてまう。
「ねえピーター、これやってもいい?」
「えっ、これ!?」
「そう!ピーターは見ててくれればいいから!どうしても欲しいの!」
両手を合わせてそんな事言われてしまったら、もう何も言えなくなる。どうしても欲しい、なんて、その言葉はずるいよ。こんな小さなマスコットのキーホルダーなのに。
「いいよ」
「ありがとう!」
「でも、それは僕が取る」
「え?」
ポケットから財布を取り出す。
スパイダーマンは僕だけど、ナマエがいま欲しいと言ってくれてるのは僕じゃない。だったらせめて、このマスコットのキーホルダーを僕が取りたいと思った。子供っぽいかもしれないけど、これは僅かな抵抗だ。
「いいよ、ピーター…!私が言い出した事だから、」
「それでも僕が取りたいんだ」
「でも、お金くらい私が、っ」
「ナマエ、お願い。僕にやらせて」
そう言うとナマエは押し黙ってしまう。
よし、と気合いを入れるとコインを入れた。一回目は様子見。マスコットの重さ、アームの強さを測る。マスコットを撫でるだけで終わってしまったけど、なるほど大体わかった。
二回目は少し考えて、マスコットを動かすようにアームをセットし、爪をあてて少し場所を動かした。うん、いい感じに動いてくれた。
「…ピーター、取れそう?」
「うん、大丈夫だよ。今のところ計算通り」
「次で取れなかったら、無理しなくてもいいからね?」
ナマエはきっと、僕がお金を出してるからそれを負い目に感じてるんだと分かった。これぐらいなら気にしなくてもいいけど、お小遣いだからかな?こういう時に自分が子供であることを実感してしまって少し悔しくなる。
「もし次で取れなくても、取れるまでやるから」
「ピーターそれは、」
「これだけは譲れないし、諦めたくないんだ」
さすがに悪いよ、と言いかけたナマエの言葉を遮るように口を開いた。
「諦めが悪いんだ、僕」
ナマエが驚いたように目を見開く。
その表情を横目にお金を入れると三度目のチャレンジを始めた。二度目でいい具合に動かせたから、今回はキーホルダーのチェーンの部分に狙いを定めた。
ゆっくりと慎重に距離を測り、アームをセットする。アームが開ききった所で爪の部分がギリギリでチェーンに引っかかった。「よし」と声が漏れたと同時にアームが閉じる。
爪に引っかかっていたチェーンのお陰でマスコットは引きずられるように前進し、そして。
「取れたっ!」
コロンと音を立ててマスコットが取り出し口に落ちた。
スパイダーマンのマスコットを自分で取るなんてなんだか変な感じだな。なんて思いながらも取れた達成感で顔はにやけてしまう。
マスコットを取り「ナマエ」と彼女の方に振り返ったとき、僕はぎょっとした。
「ナマエ…っ!?どうしたの大丈夫!?」
「え…」
「え、じゃないよ、涙が!泣いて…どうしたの…!」
僕に言われて気付いたのか、ナマエは自分の頬に指をあて、そこでようやく自分が涙を流していることに気付いたようだった。
「わた、し…」
「待って、いま何か拭くもの…!」
バックパックからポケットティッシュを取り出す。
持っててよかった、と思いつつ慌てて一枚取ると咄嗟にナマエの目元に当ててあげた。
「ごめん、ピーター…」
「いいよ謝らなくて、あの、ごめんね、僕何かしちゃった?」
「ううん、違うの、違うの…ちょっとビックリしちゃって」
「え、取れたことに?」
「……うん、そうかも」
「段々涙腺緩くなってて、歳かな?」と言って苦笑いしたナマエの頬を、「全然っ、歳じゃないよ」と返しながらぽんぽんと軽く拭いてあげる。
普段だったら絶対に出来ないのに、何故出来てしまったのかというと、単純にナマエの涙に気が動転してたからとしか言いようがない。
「ピーター、マスコット見せて」
「え?ああ、あげるよ、そのために取ったんだから」
取ったばかりのマスコットをナマエの手に乗せる。きゅっと握りしめてそれから嬉しそうに笑んで見せた。
「ありがとうピーター」
「っ……ぜ、全然、喜んでもらえてよかった」
目尻にまだうっすら涙が浮かんでるけど。それでもナマエが喜んでくれたから、笑ってくれたから。安心してしまったんだ。
この時の僕は、どうしてナマエが泣いてしまったのか、ナマエに何があったのか、まだ何も知らなかった。