「本当にタイミングよく来てくれて助かったわ、ありがとう」



どこか安心した顔でいつものように笑ってくれるナマエに僕は「う、うん、全然」ともごもご返答する。さっきナマエを待ってる時、カレンが変なこと言ったせいで妙に意識してしまって仕方ないんだ。



「それで、なにかあったの?」

「あー、うん、そう…そうね」



今度はナマエがもごもごと言い淀む。そんなに深刻な悩みなんだろうか。

だとしたらそれを僕やメイおばさんに相談してくれなかった方が凹むというか。そもそも僕はナマエの味方でいたいと思ってるからこそ、スパイダーマンの僕にしか話そうとしないことにモヤモヤしてるんだ。

前はここで会った時、ピーターの方の僕のこと頼りにしてるって言ってたのにな…。



「あのね、笑わないで聞いて欲しいの」

「もちろん」

「だ、誰にも言ってないんだけど私…」



あ、ちょっと待って。まずい。
今更だけど不安になってきた。

もし恋人ができたとかだったらどうしよう。

それだけならまだしも、恋人が出来たから家を出ようと思う、とかだったら。

それだったら僕やメイおばさんには言えないはずだ。どうしよう、どうしよう。だってナマエ綺麗だし、いつも服装もオシャレで、華やかで。出会いがあってもおかしくない、恋をしててもおかしくない。…待ってなんか苦しくなって来た。



「あ、あの、スパイディ…?大丈夫?」

「へ!?何が!」

「目がキョロキョロしてるから…」

「そんな事ないよ、大丈夫!さあ話して!」



もうダメだ、覚悟を決めよう。

だってナマエは綺麗なんだから仕方ない。仕方なくないけど仕方ない。あーもー、信じられないほど気力なくなってきた。



「いま社内の人からアプローチされてて、困ってるの!」

「………うん、…ん?」



なんて言った?と顔をあげる。

ナマエは眉間に皺をよせて「こんな相談するなんて…っ」と恥を耐えているようで、少しだけ頬が赤くなってるのがわかる。

それよりも、待って。いまナマエはなんて言った。

アプローチされてて、困ってる…?



「すごく困ってるの!入社して間もなくは、社内を案内してくれたりして、優しいなぁくらいにしか思ってなかったんだけどね、なんていうか…!」

「なんていうか…?」

「すごくしつこい人なのよ!遠回しに断ってるのに全然折れないの!ピーターが見学に来るのに、こんな状況知られたら…!」

「……」

「どうしたらいいかっ……って、あの、スパイディ…?」

「もう…」

「うん?」

「もー!!絶対!そうなると!思ってた!!」

「え、ええっ!?」



僕が声を上げた瞬間、ナマエが驚いて目を見開く。でもそこに構っている暇がない。

絶対!そういうことが起きると思ってたんだ!ナマエは綺麗でいつもキラキラしてて!メイクもオシャレもそんなにしてほしくないな、って思うくらい素敵なんだ!!だからこそ!こういう事が起きるんじゃないかと!思ってたから!!もう!!

恋人がいたらどうしよう、なんて悩みはとっくに消え去ってた。



「何でそんな大事なこと黙ってたの!?」

「だって、こんな恥ずかしいこと話せないもの…!」

「誰にも相談しないで悩んでたの!?」

「いまスパイディに初めて…」

「職場の人は!?助けてくれないの!?」

「わ、わからない…気づいてないのかも……」

「もう!ナマエはっ……」



言いかけて言葉が途切れた。

もっと言いたい事が山のようにあったけど、ナマエにぶつけるのは間違ってた。せっかく話してくれたんだ。

それに、眉を下げて、本当に困った顔をするナマエを見てたら、勢いが削がれてしまった。

僕には、ナマエを怒れないし、ナマエが悪い訳じゃない。



「……ナマエは、危機感がなさすぎるよ…でも、ナマエが悪いわけじゃないよ」

「スパイディ…」

「ほんとに、ナマエは悪くないよ、話してくれてありがとう…大きい声出してごめんね」

「ううん、そんな」



ふう、と大きく溜息をついてベンチの背凭れに背中を預けた。

感情が高ぶってしまったけどようやく落ち着いた気がする。ほんと、僕はこういう所が全然ダメで、余裕がない。いくら変声機能を使ってナマエに近付いても、子供のままの僕じゃダメなんだ。



「ナマエ、一個聞いてもいい?」

「ええ、もちろん」

「その相手の人にさ、気持ちはないんだよね?」

「もちろん!」

「そっか……よかった安心した」

「え?」

「なんでもない!あー、えっと、そうだな、何かいい方法…!」



安心したと、うっかり声に出してしまって焦って誤魔化したけど、安心したのは本心だと言ってもいい。

それからもう一つ、聞きたかった事がある。

あー、でもこんな事聞いていいのかな、変に思われたらどうしよう。



「あのさ、ナマエってさ」

「うん?」

「恋人はいないの?」

「いないわ」

「作ろうとか、考えない?なんていうか、恋人がいたらそういう人にも牽制できるんじゃないかな、と思って!」



そう聞いてナマエを恐る恐る見た。なんて答えるのか聞くのが怖くて、でも聞きたくて。欲しくなくても、欲しくても、どっちの答えでも僕にはどうする事も出来ないのに。

ナマエは僕からの質問に驚いたように目を瞬かせたあと、それからにこっといつものように笑った。街灯に照らされた笑顔がなんだか寂しく見えた。



「私は自分のことでいっぱいだから」

「え、そうかな?周りのこと考えてると思うよ」

「そんな事ない、だって今も自分の相談でスパイディのこと捕まえてるもの」

「それは僕がしたくてしてることだから」



嘘は言ってない。

心配で、心配で。ナマエが悩んでることを知ったから来た。聞き出すためとは言え、こうやってスパイダーマンのスーツを着てしまうくらい心配してる。



「それから今悩んでることだけど、きっと大丈夫だと思う」

「どうして?」

「楽観的に聞こえてたらごめんね。でも、ナマエの同居人のピーターって子が、きっとなんとかしてくれると思うんだ」



僕がなんとかする。絶対。



「でも、ピーターには何も話してない…っ」

「うん、そうかも知れないけど、きっと悩んでる事には気付いてる。だから言わなくても原因に気付いて対処してくれる」

「それは悪いわ…」

「どうして?」

「せっかく見学できるのに、私のことなんて」

「それは無理だよ」



ジッとナマエを見つめる。ナマエは沢山頭の上にはてなマークを浮かべて困ったような顔で僕を見てる。

困った顔して欲しくないな、なんて。その顔を見てると、やっぱり何とかしてあげたい。そう思ってしまうんだ。



「大切な人が困ってるのに、見過ごせないよ。男としてね」



いくら年下と思われてようと、僕はまだ学生で、ナマエは社会人で大人だけど。それでも助けてあげたいし。悩んでほしくない。

大切だ、って思う。



「…スパイディは、まるでピーターのこと知ってるみたいね」

「え!?いや!全然!?」

「本当に?知り合いじゃない?」

「全然違うよ!ほんとに!」

「ふふ、そう?」



あー、もー、心臓が爆発しそうなほどバクバクしてる。流石に今のは踏み込みすぎた言い方だったかもしれない。幸いなことに僕がピーターだって気付いてないみたいだから良いんだけど。こういうのってすごく心臓に悪い。



「そういえば、何でナマエはこの事をピーターに話さなかったの?」

「だって、それは」

「それは?」

「いい大人が、情けないなって思ったの」



そう言って困ったように笑ったナマエに、やっぱり僕は年下の子供として扱われているようで。

何が何でもこの悩みは解決しようと心に決めた。