「同居人が来るのか!お前のところに!?」
「…そうだよ、もう最悪だ…スタークさんに電話は繋がらないし、ハッピーは『その件については決定済みだ』とか言って聞く耳持ってくれないし…」
おまけにメイおばさんは乗り気だし…と言って重たく溜息を吐いたピーター。ネッドは周りに誰もいない事を確認してから、ピーターに少し近づくとコソコソと話しかけた。
「スパイダーマンがバレたら大変だな」
「そこだよ、そこなんだよネッド…大体スタークさんのツテなら僕のところじゃなくたってアパートの一部屋貸す事くらい簡単なはずなのに何でわざわざうちに来るんだか…」
トニー・スタークなら一部屋どころかアパートごと、いやマンションを買ってもまだ余裕がある。それが何故わざわざアパートに、しかも既に住人がいる場所に住まわせようとしているのかピーターには理解が出来なかった。
自身のスパイダーマンとしての活動にも間違いなく支障をきたすだろう。そう考えると余計に憂鬱な気持ちになった。
「でもなあ、羨ましいよなぁお前」
「何が?どこが?」
「だって、年上のお姉さんなんだろ!?それってすげーなんか!ドラマっぽいって言うか!羨ましい!」
「…は?」
年上のお姉さん?
ネッドの言葉にピーターは眉を寄せ、怪訝な顔をした。ピーターの顔に気付いたネッドは僅かに首をかしげる。
「女の人なんだろ?」
「いや聞いてない…メイおばさんからは同居人としか…男の人かもしれないし」
「いや!お前、あのおばさんがピーター以外の男と住むってその方が問題だろ!?」
たしかに。
ネッドの言葉に心底納得する。メイは近所からも評判の美人だ。彼女と食事に出かけると、必ずと言っていいほどお店がサービスをしてくれる。そんなメイのいる家に、スタークが男の同居人を寄越すとも思えない。
そうなると。
「女の人、なのかな…?」
「そうだろ!間違いなく!」
途端にそわそわと落ち着かない気持ちになり、ピーターは意味もなく自分の髪を手櫛で整えた。にやにやと口元に笑みを浮かべたネッドと目が合った瞬間、その手は引っ込めたのだが。
「でもまだそうだと決まった訳じゃない!男か女か、年齢だってわからない!」
「聞いてないのかよ」
「聞く余裕もなく飛び出した…」
「なあ綺麗な女の人だったらどうする?」
ネッドにそう問われた瞬間、ピーターはバックパックを掴むと駆け出した。
「おい!ピーター!」
「今日のレゴは無し!家に帰る!」
「綺麗な人だったらちゃんと教えろよ!」
ネッドの声が最後まで届いたのか分からないが。走り去ったピーターを見送ったあと、ネッドはその場にしゃがみ込むと「あー、アイツほんと色々羨ましい…」と一人呟いたのだった。
・・・
バスを降りると勢いよく家に向かって走り出す。
ネッドの言葉に浮かれた訳ではない。決してそんな訳ではないのだが。今朝メイから同居人の話しを聞いた時、どんな人が来るのか、その人の性別、年齢を聞いていなかったのは事実だ。運が良ければメイは仕事から帰ってきてるだろう。
同居に対して反対しているのは事実だが、相手の事を聞くぐらいはいいかもしれない。そんな風に考えながら、ピーターはアパートの階段を登った。
「メイおばさん!メイおばさんいる!?」
ただいま、と言うよりも早くメイの名前を呼んだ。まだ帰ってきていないのだろうか。バックパックを下ろしながら一旦自分の部屋に入ろうとした時。
「…、あの…ピーター君、ですか?」
「ッ!」
ビクッと身体を震わせ振り返ると、そこにはこちらを伺うように僅かに首を傾げる女性。
ピーターは目を大きく見開いた。
「えっと、初めまして。これからお世話になります、ナマエです」
朝から憂鬱だった気持ちが、どこかに吹き飛んだ気がした