「…初め、まして」
やっとの事でピーターが言葉を絞り出すとナマエと名乗った女性はニコリと笑って握手を求めるように片手を差し出した。
その手にそっと触れ握る。柔らかい手だなと思った途端うるさいくらい高鳴り始めるのは間違いなく自分の心臓だ。
「すみません、その、今日来るって聞いてなくて、その」
今日来るなら来るで今朝のうちに言ってくれればいいのにメイおばさん!
ナマエにはバレないように取り繕いながら、心の中ではめちゃくちゃに叫んでみる。肝心のメイも居らず、何を話せばいいのか、どうしたらいいのか分からない。同級生の女の子とも上手く接した事がないピーターにとってナマエという存在は衝撃であり、青天の霹靂のようなものだ。
もごもごと話せなくなってしまったピーターをナマエはそっと覗き込んだ。
「ピーター君?」
「えっ!あ、はい!何でしょう!」
「そんなに緊張しないでください、急に来てしまって驚かせたとは思うけれど」
「全然!むしろ大歓迎っていうか、その、驚いたとかそういう事はなくて!」
驚いていたし、何なら同居を反対してネッドに愚痴をこぼしていたとは言えるまい。
「そ、そうだ!何か手伝います!荷物運んだりとか、なんでも!」
「ありがとう。でも午前中から作業していたからもうほとんど終わってしまったんです、あとは箱が少しだけ」
だから大丈夫ですよ、と言って微笑むとナマエはピーターに背を向ける。何となく彼女の後ろをついて行くと廊下に荷物の入った箱が置いてあった。
「メイさん今お買い物に行ってしまったんです」
「あー、そっか、そうだったんですか」
「ハブラシとか日用品を私が忘れてしまっていて…バカですよね、よいしょ……あ、っと!」
「危ない!」
箱を持ち上げた瞬間グラリと傾いたナマエの身体。ピーターは反射的に駆け寄ると片手でナマエの腰を支え、もう片方の手でダンボールを支えてみせた。
「ご、ごめんなさい」
「危なかった…」
ホッと一息ついた瞬間気付いた。彼女と目線が同じなのはまだピーターが成長期だからだとして。ナマエの身体に触れてしまっていること。距離が非常に近いこと。
咄嗟に箱を両手で抱えると彼女から離れる。さっきとは比にならないほど心臓が鳴っている。
「すみません!!」
「いえ、謝るのは私の方です、ごめんなさい、…それからありがとうございます」
そう言ってニッコリ笑われてしまっては、ピーターの頬の熱は増すばかり。出来ることなら今すぐ顔を隠して誤魔化したいところだが、両手で持った荷物がそれを許してくれない。
「へ、部屋に持っていきます!」
「あ!そしたらドア開けるので待ってくださいね」
小走りで部屋の扉を開けてくれるナマエ。つい先日まで物置きとして使われていた部屋には、真新しいカーテンが掛けられていて、窓から吹き込む風が柔らかく揺らしている。
適当な所に荷物を下ろし振り返ると、ナマエは何やらおかしそうにクスクスと笑っている。何か付いているのだろうか、と身体を見下ろしてみたが何もない。
「あの、何か…?」
「ふふ、ううん、ごめんなさい。スタークさんや、メイさんから子供がいるって聞かされてたんですけど」
「ちょ、子供!?スタークさんだけならまだしもおばさんまで!?僕これでも高校生でっ」
「うん大丈夫、わかります」
そう言って笑顔のままピーターに一歩近づき、覗き込むように少しだけ身体を屈めると。
「ちゃんと、男の子だね」
そう言ってまたにっこりと微笑んで見せた。
早くも心臓が持ちそうにない。