「改めて、これからお世話になります、ナマエ・ミョウジです。よろしくお願いします」
そう言ってペコリと頭を下げたナマエに、メイは「よく来てくれたわね」と言って軽くハグをした。
「足りないものがあったら遠慮なく言ってね」
「ありがとうございます、今日は、その、日用品も色々用意していただいて」
「気にしないで、あなたが来るのを待っていたのよ」
二人の会話に入れないピーターは、メイを見たり、ナマエを見たり、繰り返し視線をキョロキョロと泳がせた。
正直この同居については反対だった。けれどトニーにも連絡が取れず、ハッピーすら音信不通となった今では彼女のことを受け入れるしかない。メイも既に受け入れてしまっているし、それに何より。
「ピーター君も、よろしくお願いしますね」
「えっ、あ、はい!もちろん!」
今日初めてナマエと会って、同居も悪いものではないと思い始めたのが本音だ。なんて単純なんだ自分、と頭を抱えたくなる。ナマエをチラリと見ると「ん?」と首を傾げて微笑んでくれる。
また心臓が音を立てた。
「そういえばナマエ、あなた仕事はいつから?」
「一週間後です。スタークさんが街に慣れることも必要だろうから、って少し時間をくれまして」
「そうね、働くにしても何にしてもまずはこの街に慣れておかないと通勤も大変よ?」
「ふふ、ほんとに。電車にも慣れておかないと」
心なしかメイが楽しそうだとピーターは感じた。
やはりナマエが女性だからだろうか。年齢は違えども同じ価値観を持つことができる相手。高校生のピーターとナマエでは、違う魅力があるのかもしれない。
そんな事をぼんやり考えていたら突然「ピーター!」とメイに呼ばれ、ピーターはビクリと身体を震わせた。
「な、なにメイおばさん!」
「どうしたのぼんやりして」
「いや、その、考え事?かな?」
曖昧に誤魔化すとメイは怪訝そうに眉を寄せる。「ごめんなさい」と呟いたピーターを見てナマエが楽しそうに微笑むのが目に入り、またピーターは顔を伏せた。
彼女が微笑むとどうにも落ち着かない。
「あなた明日休みでしょ?ナマエのこと案内してあげたら?」
「えっ!!?」
「でもメイさん、せっかくの休日にそれは…」
大袈裟に驚いたピーターを見てか、すかさず遠慮し始めたナマエ。さすが日本出身と言えばいいんだろうか。日本のことはよく知らないが。
「大丈夫よ、この子大した用事もないから、ね?ピーター?」
「あ、えと、いや…」
休日はほぼスパイダーマンとして街の治安を維持してるというのに。メイからしたらピーターのヒーローとしての活動よりナマエの方が大事なんだろう。いや間違いなく大事だ。
もごもごと口ごもってしまうのはスパイダーマンの事だけではない。女の人と二人で出かけるなんて、未経験だ。トニー・スタークのように経験豊富なら二つ返事で了承していたが、どうしたら良いのか分からないのが現実である。
「断って大丈夫ですよ」
小声で囁かれ顔をあげる。すると眉を下げて笑うナマエと目が合った。彼女は今日ここに来たばかりで、何も知らない。今はここにいる自分達しかいないのだ。
「大丈夫、案内するよ。僕でよければ、だけど」
「え…いいんですか?」
「もちろん」
もちろんとかカッコつけて言ってしまったけど完全にノープランだ、どうしよう、調べなきゃ、そうだ誰かに聞こう。情報を集めよう。ネッド…は無理だから、そうだカレン。カレンなら間違いない。
頭をフル回転させるピーターの隣で「明日はこの子に頼って大丈夫だからね」と笑うメイがさらに明日のハードルを上げている。ナマエが「はいっ」と言って微笑むものだから余計に。
「明日はよろしくお願いしますね」
「ベストを尽くします」
何言ってんだ僕。
自分の言動にすかさず後悔するがナマエが可笑しそうに笑ってくれたからそれはそれでいいのかもしれないとピーターは思った。
単純によく笑う人だなと思った。今日ピーターとナマエが出会ってから今の今まで彼女はずっと笑っている。だからだろうか、嫌な気持ちにはならない。
朝の自分からは想像ができないな、と考えピーターは頭をかいた。
「ピーターこれはあなたの腕の見せ所よ」
「メイおばさん、これ以上ハードル上げないで…」
とりあえずみんなが寝静まったらカレンに聞いてみよう。