凝り固まった体を解す様に腕を伸ばしてパソコンの画面から目を離した。手を置いた肩を回すように動かしながら、デスクの向こうにある応接用のソファへと視線を向ける。そこには一人の青年が惰眠を貪っていた。いや、彼の生活事情を鑑みれば惰眠ではなく仮眠だろうか。ラウンジなら見過ごすところだったが見つけたのが小休憩用に配置されたベンチだったため、そのまま寝かせるわけにはいかないと自分のオフィスへと連れてきた。都合の良いことに今日は誰かが訪ねてくるといった予定はない。緊急の場合は別だが、外部の人間ならば必ず事前に連絡があるため問題はない。
オフィスチェアから立ち上がりソファへ歩み寄った。片腕を枕替わりにして横向きになっている青年はぐっすりと眠っている。腹部部分の空いたスペースに浅く腰掛け、じっと顔を見下ろす。起きている時は生意気な事を口にする手のかかる彼だが、こうして寝ていれば可愛いものだ。と、そんなことを思ってしまった自分に気付き項垂れる。きっとパソコンの画面を見すぎて目が疲れているのだ。目頭を数回揉んで、もう一度視線を向けた。整っている顔に男にしては長い髪が少し垂れかかっている。邪魔そうだ。
指先が頬に触れ、耳に触れ、顎を撫でるように滑る。喧嘩での怪我がなければこんなにも肌が綺麗なのかと感心してしまう。若さ故に傷の治りも早いのだろう。そういえば今日は自分の誕生日だと思い出す。この歳になればわざわざ祝ってくれるような人も少なくなり、忘れて過ごす年もあった。誕生日だからと言って一日が特別なものになるわけでもない。冷めた大人になってしまったものだと自嘲していれば、いつの間にか指先は彼の唇に触れていた。その熱にはもう何度も惑わされている。
ん、と小さな声とともに漏れた吐息が指先を刺激した。
「根付さん、ちょっといいですか────あ」
軽いノック音がしてすぐに開かれたドア。慌てて上体は起こしたが見られてしまっただろうか。冷や汗が首筋を流れるのに顔は沸騰しそうなほどに熱い。ぎこちない動作でドアのほうに視線を向ければ、しまったという表情を浮かべる唐沢さんが顔を覗かせていた。
「あー……出直してきますね」
弁解の隙もなくドアは閉められ静寂が訪れる。耳に届くのは微かな寝息だけだった。