防衛任務のシフトを調整してもらうため防衛部隊指揮官のいる執務室を訪ねようとしたが、数人の隊員が部屋へ入っていくのが見えた。仕方なく廊下で待機しようと壁に背を預けて上着のポケットに手を突っ込むと柔らかな感触が手に当たる。入っていたのは手のひらサイズのぬいぐるみだった。あー、そうだ。確か暇つぶしでゲーセンへ行った時にクレーンゲームで取ったやつだ。どことなく付き合ってる年上の男に似ていて、バイト先の女の子にあげることもなく上着のポケットに入れていたのをすっかり忘れていた。改めて見ると本人より可愛い。いや当たり前だ、ぬいぐるみなんだから。
暫くすると隊員と一緒に部屋から出てきた忍田さんが俺に気付いた。事前に訪問の連絡は入れておいたからとくに驚いた様子はない。
「苗字、来てたのか」
「忙しいんなら後でまた来るけど」
「少し席を外すだけだ。すぐに戻るから中で待っていてくれ」
むしろ驚いているのは忍田さんを訪ねてきていた隊員の方だった。エンブレムを見る限りA級の誰かだ。見覚えはあるけど名前は知らない。防衛任務でシフトが被らなきゃ向こうだって俺を知らないだろう。B級下位だし、チーム無所属な上に不良隊員ですからね。そんなただのB級隊員がボーダーの本部長と親しげに話しているのだから驚くのも無理はない。
面倒な噂が立たなきゃいいけど。そう思いながら隊員を連れて何処かへと行く忍田さんを見送り、遠慮なく執務室の中で待たせてもらうことにする。部屋の中はガランとしていて誰もいない。本部長補佐の沢村さんもいないし今日は皆忙しいのだろうか。ソファに座り持っていたぬいぐるみで暇を弄んでいると、忍田さんが一人戻ってきた。どうやら用事は済んだらしい。
「待たせてすまない。それ、どうしたんだ」
「ゲーセンで取ったやつ。なんとなくあんたに似てたから、可愛がってた」
ほら、と見せると複雑そうな顔で似てないだろうと返された。俺は似てると思うんだけどな。そう。つまり付き合っている男というのは、デスクチェアに座って一息吐いているこの忍田さんのことだ。なかなかのイケメンである。
「防衛任務の話だったな。シフトを増やせばいいのか?」
「うん。あ、でも生駒隊とは被らないようにしてほしい」
「はぁ……毎度そこは徹底してるな」
「一番大事な条件だから」
そんな感じでシフト調整の話しをしながら手元でぬいぐるみを触る。
忍田さんと出会ったのは実はボーダーではない。俺の私生活が一番乱れていた時、一夜だけ共に過ごした相手だった。その時の彼は相当酔っていて俺が大学生だと嘘をついても疑うことはなかった。酒が抜けてしまえば高校生だと気付かれると思い、翌朝は一人でホテルを出たのだ。二度と会うこともないだろうし、顔も忘れそうになった頃合いで偶然、そう偶然にもボーダーで再会してしまった。どうせ酔っ払っていたし俺のことなんて覚えていないだろうと高を括っていたが、どうやら相手もがっつり覚えていたらしい。それからなぜか付き合うことになったわけだが、忍田さん曰く、心配だから目の届く範囲にいてもらったほうが安心する。とのこと。俺は猛犬かなにかだろうか。若しくは赤子か。
ふと、手元に影が落ちて持っていたぬいぐるみが離れていく。視線でそれを追うといつの間にか忍田さんが目の前に立っていて驚いた。思っていた以上に手遊びに夢中になっていたらしい。
「似てないだろう」
あ、また言った。
忍田さんは隣に腰を下ろすとどこか不機嫌そうな表情でぬいぐるみを睨みつけ、そしてテーブルに放り投げてしまった。大人気ない。というよりこの人は時々、妙に子供っぽいところがある。こういう態度を見れるのも恋人の特権というやつだろうか。しかし放られてしまったぬいぐるみはなんと哀れなことか。別にこんな可愛らしいものに興味はないが、愛着がわいてしまっているのは事実。
もう一度手元に戻して触り心地を楽しもうと手を伸ばしたが、ぬいぐるみの元へは届かなかった。忍田さんに阻まれてしまったのだ。なんだろう。とても分かりやすい嫉妬だ。これは構って欲しいというサインだろうか。
「私といるときは私を見ろ」
なんというか、少女漫画やドラマでしか聞いたことのないセリフをこうもさらりと言ってのけてしまうとは怖い人だ。しかも本人に至っては真面目なのだからタチが悪い。だが待って欲しい。『風紀を乱すのはいけない。私は上に立つ人間なのできちんと弁えなければならない。だから君もそこは守って欲しい』そう言ったのは誰か?もちろん今目の前で嫉妬心を丸出しにしている忍田さんだ。構ってほしそうにこっちを見ている。
「忍田さんって可愛いとこあるよね。真面目なとこは嫌いだけど、そういうとこは好き」
残念だけど俺はルールを守る良い子ちゃんではない。それに仕掛けてきたのはどう見てもそっちだから。そっと唇を重ねる、なんて可愛いものじゃなく、噛みつくように忍田さんの口を塞いだ。驚いたのか肩に手を置かれたが拒む様子はない。この施設内でこうした行為をするのは初めてになる。だからだろうか、少し、いや結構興奮している。俺も、忍田さんも。
気付けば相手に押される形で口付けを受けていて、上顎を撫でる舌に瞼が震える。最後に軽く重なっただけの唇が離れていき、濡れた忍田さんの唇を指で撫でるとその手を掴まれた。
「こっちは我慢してるというのに」
「先に我慢できなくなったのは忍田さんだろ」
「……今夜は?」
「シフトが調整できれば」
さすがに時間的にも場所的にもこれ以上事が進む事はなく、今夜一緒に過ごせるかどうかは仕事次第ということになりそうだ。ちなみにぬいぐるみは没収されてしまった。
リクエスト内容:lily of the valleyの外伝で男主が忍田さんとくっついたら
リクエストありがとうございました。