クザンから教わる


 用心棒として雇われている俺だが店の雑用も仕事に含まれている。炊事、掃除、洗濯、と生活に必要な家事全般だ。もちろん、それを全部一人でこなしているわけではない。ここには毎夜男を誘惑する姐さん方も住んでいるわけだから、公平を期すために当番制で回している。そして今日の俺の当番は洗濯だ。
 天気のいい午前中に仕事を済ませてしまおうと店の屋上で綺麗に洗ったシーツを干す。空には雲一つなく、風も心地良い。この分ならすぐに乾くだろう。
 だが、澄み切った青空のように晴れ渡った気分にはなれなかった。その原因は、いつ仕事しているんだと疑いたくなるほど頻繁に来店する大男が、まるで自宅にでもいるかのように寛いでいるからだ。

「サカズキに啖呵切ったんだってな。度胸あんねぇ」

 屋上の床に寝そべっているアイマスクをした男を跨ぎ、籠からシーツを引っ張り出していると声をかけられた。啖呵を切った。そう言われて連想するのは荒っぽい客の姿。用心棒としてこの店に雇われている以上、客との揉め事は避けられない。しかし、いちいち相手の名前なぞ覚えてもいないし、名乗る阿呆だってそうはいない。

「……誰?」
「はぁ……だと思ったよ。知らずに喧嘩売ったわけか」
「売った覚えはねぇ。多分、買ったんだろ」
「余計ダメじゃねーの。頼むからおれの仕事増やしてくれるなよ?」
「驚いた。あんた仕事してるんだ」

 当たり前でしょうよ、なんて寝転がった状態で言われても全く説得力がない。シーツを腕に抱え、また男を跨ぐ。

「ま、さすがに海兵相手に絡んでいくほどお前さんは馬鹿じゃない。だから思い当たる人物が一人だけいると思うんだが、どうだ?」

 そこまで言われるとさすがに心当たりがあるような気がしてきた。広げた白いシーツを物干し用のロープにかけてシワを伸ばし、風に飛ばされないように端をピンチで挟んでから腕を組み記憶を巡ってみる。海兵ならたまに街で見かけるが、わざわざ用もないのに話しかけたりはしない。店とは関係のない揉め事だって面倒だから避けている。となると、この男が求めている答えの人物とはそういった煩わしい出来事がきっかけで出会ったわけではないということになる。

「海兵……」

 呟いて脳裏に浮かんだのは正義のコートを肩にかけた後ろ姿。そうだった。あいつもこの男と同じ海軍の人間だった。街中で二、三言葉を交わしただけの、感情を隠せない不器用そうな男。

「赤いスーツ着た、仏頂面」
「そう、そいつ。おれと同じ海軍大将」
「へぇ」
「興味ねぇの?」
「ない」

 興味どころか俺はああいった人間が好きではない。"嫌い"からは僅かに昇格したが、やはり出会い頭のあの態度は気に入らない。
 店の客として来ていた海兵の誰かが海軍本部の三大将は化け物並みに強いと言っていた。全員が悪魔の実とやらの能力者で、中でもマグマ人間の大将は過激な正義を遂行するという。俺が会ったあの男がそうだとは限らないが、住民のあの恐れっぷりから大体予想はできる。守られる側が怯えるくらいの正義なんてきっと碌なものじゃない。
 小さく息を吐いて、残りのシーツを干すために寝転ぶ男を再度跨ぐ。すると、がしりと大きな手で太ももを掴まれた。

「ちょっとちょっとぉ。寝てる人を跨ぐなんて失礼でしょうが」
「仕事の邪魔してるほうが失礼だろ。踏まれないだけありがたく思え」
「あー……」

 申し訳なく思っているのかどうかは解らないが、情けない声を漏らす男の手はまだ離れない。さっさと洗濯物を終わらせて俺だって睡眠を貪りたいのだ。商売柄、用心棒の仕事は夜から明け方までが基本。寝るのはその後になる。だから堂々と仕事をサボっている奴の相手などしている暇はない。
 眉間に皺を寄せながら足を引こうとすると、それを察したのか逆に力強く引っ張られてしまった。掴まれたのが太ももだったせいか簡単に膝が曲がり、男の腹の上に腰を下ろす羽目になる。すると男はアイマスクをズラしこちらに目を向け、何を想像したのかニヤリと笑った。

「お、良い眺め」
「邪魔だ。さっさと帰れ」

 容赦なく降り落した踵は、残念なことに男の額にヒビを作るだけであった。能力者ってのは面倒な奴ばかりなのか。