「よっ!」
店先で欠伸をしながら凝り固まった体を伸ばしていると、眠気の覚めるような明るい声をかけられた。振り向くといつだったか店に来た女好きの海賊が片手を上げながら歩み寄ってくる。まだ陽は高く遊郭街は静かだ。どこの店も営業開始はしていないだろう。基本的にこの街が賑わうのは夕暮れ時、街灯に光が灯ってから時間が進みだす。
そうとも知らず、男は随分と爽やかな笑顔を浮かべていた。
「昼間っから盛ってんのか?」
「ばっか、ちげぇよ。お前に美味い飯屋にでも連れて行ってもらおうかと思ってな」
その感じだとどうせ暇だろ、なんて続けられたものだから反射的に忙しいと言ってしまいそうになる。確かに今日は営業時間までとくに予定は入れていない。眠気覚ましに散歩にでも出かけようとしたくらいだが、だからって暇だと思わるのはなんだか癪だ。俺は決して暇人ではない。
「そうあからさまに嫌そうな顔するなよ」
「めんどくせぇ」
「はっきり言うなぁ」
「まぁ、奢ってくれるんなら考えなくもない」
やることはないが、プライベートな時間を提供するのだから奢ってもらうのもいいのかもしれない。それとも海賊相手にたかるのは自殺行為だろうか、と少しだけ心配してみたが男は気前よく了承してくれた。むしろそのつもりだったと歯を見せて笑うその表情に、釣られて頬が緩んだ。
サッチと名乗った男を連れて中央街へと赴いた。観光地というだけあり、この島には飲食店が数多くある。きっと目立つ表通り沿いの店にはもう入っただろうと思い、路地をいくつか抜けて賑やかな人混みから遠ざかった。所謂裏通りには地元民向けの小さな店が並んでいる。そのうちのよく行く店に足を踏み入れると元気な女の子に出迎えられた。そこは一人の老人とその孫娘が切り盛りする小さな食堂だ。
客は俺たちを含めた数人だけで、観光地としてはかなり静かな場所だった。
「いいねぇ。こういうところにお宝は眠ってるもんだ。やっぱお前を誘って正解だったわ」
「食べてから文句言うなよな」
「言わねぇよ。で、オススメはなんだ?」
「じいさんのおまかせ」
観光客向けではない理由の一つが、この店にはメニューらしいメニューは存在しない、ということだ。その日に仕入れたモノを使い、店主の気分の赴くまま好きなように作っては客に提供する。
そう説明すればサッチは目を丸くした後、吹き出すように笑った。
「最高じゃねーか!」
上機嫌に声を上げ、その勢いに任せて背中を叩かれる。海賊ってのは加減を知らないのか。馬鹿力に眉を寄せながらテーブル席に腰かけ、近寄ってきた看板娘に「適当にいくつか見繕ってくれ」と注文をする。量はどうするかと問われたが、金払いは自分ではないため適当に多めでと答えておいた。
暫くするとテーブルいっぱいに料理が並んだ。俺の分は二皿程に収め、残りは全部目の前で一つ一つの料理を吟味しているリーゼント男のものとなった。料理人と胸張るだけあって、一口食べただけでどんな食材が使われているのか聞いてもいないのに説明してくれる。まるで子供のように喋る姿は見ている側としては飽きないが、料理の話は途中から聞き流していた。
しかしさすがは海賊だ。よく食う。一つの料理をペロリと食べ終えたかと思えばすぐに次の皿へと手が伸びる。そして瞬く間になくなっていく。それでも料理への探求は忘れていないのか、指先でソースをすくって舐めているからどの皿も見事に綺麗だ。これは洗い物が随分と楽になるな。
そこでいつの間にか自分が食事の手を止めていることに気付く。頬杖をついて、口いっぱいに料理を頬張るサッチを眺めていたのだ。もちろん、その視線に気付かないほど暢気では海賊なんてやっていられない。
「ん? なんだ、あまりにイイ男すぎるからって見惚れんなよ」
「惚れる要素が一切見合たらねぇ」
「おい冗談でもそんな辛辣なことは言うな。俺だって傷付くんだぜ。で、冗談だよね?」
実際、俺からしたらそういう対象ではないから冗談だとも言い切れない。残念なことだ。
そう思い呆れた目を向けながら無言を返すと、サッチは肩を落としてわざとらしく長い溜め息を吐いた。どうせ俺はモテねぇよと拗ねたように唇を尖らせ、フォークに刺さったままだったホワイトソースの絡んだ魚の身を口に含む。途端に口元が緩んだあたり美味い物には弱いらしい。
「食うの、好きなんだな」
「そりゃあ誰だって美味いもんは好きだろ。おれの場合、作るほうがもっと好きだけどな」
「ふぅん」
「反応薄くねぇか? そうだなぁ……いつかお前にも食わせてやるよ、おれの手料理」
今度は俺が目を瞬かせる番だった。そういうセリフを異性へ向ければ多少はモテるんじゃないのか、と。けれど、今しがた口に含んだソースの味を覚えようとする目の前の男の真剣な表情に、そうアドバイスしてやるのは少し勿体ないような気がした。
「楽しみにしてるよ。あんたの手料理」
同時にそんなことを思ってしまう自分に対して、この世界に随分と馴染んできてしまったと強く実感してしまった。目線を手元の、ほとんど手を付けていなかった料理に落とす。湯気が立つほど温かかったそれは、もう冷めてしまっただろうか。