娼婦の店と言えども華やかさは必要だ。それは客のためではなく、そこで働く従業員の心の安らぎのためである。香水や芳香剤を置くよりは、自然な植物の香りのほうがやはりいいという理由もある。というわけで本日の買い出しは店に飾るための花を調達すること。
いつものように賑わう中央街へ行くと見慣れた長身の男が視界に入った。無駄に大きいから遠目でもよく解る。少し面倒だが見つかる前に迂回しようとした時、ばっちりと目が合ってしまう。シカトをしてもいいが、それはそれで絡まれることは目に見えている。だからここは大人しく近寄ってくる男を待つことにした。
どうやら仕事をサボるのが日課の海軍大将殿は珍しく、人に頼まれたお使いとしてこの島へやってきたらしい。
「あんたが花?」
「まるでおれには似合わねぇって顔してっけど、意外と似合っちゃうもんよ」
「あぁ、マツバギクとかな」
「悪ぃけど花には詳しくねぇんだ。それどんな花なわけ?」
「花言葉は怠惰、怠け者。あんたにピッタリだ」
「あー、そう……聞かなきゃよかったよ」
軍で世話になっている年配の女性から花を買ってきて欲しいと頼まれた、と言う男を見上げて花束を持っている姿を想像してみる。なんとも似合わない恰好に鼻で笑ってしまったのは仕方がないことだ。
温暖な気候のこの島は年中花が咲いている。そのため、花を目当てに訪れる観光客も多い。花屋も一つや二つではない。元の世界で例えるならコンビニくらいの感覚で建っている。その激戦区に少し前に新しくできた花屋があり、今日はそこで店用の花を買う予定だ。隣を歩く男も、一緒のところでいいとさっそく怠惰を発揮していた。そういうところだぞ。
目的の花屋へ近づくと、店先で可愛らしいジョウロを両手で抱えた小さな女の子が一人。彼女はこちらに気付くと満面の笑みを浮かべた。
「おにいちゃんだ! いらっしゃい!」
その女の子は以前海賊に襲われた連絡船に乗り合わせていた子で、あの後、母親と一緒にこの島へ移住してきた。元々別の島でも花屋をやっていたらしく、小さいのにとても花に詳しい子だ。
「いつもみたいに頼めるか?」
「はーい! ちょっと待っててね!」
俺が持っているのは元の世界での知識だけ。この世界の花については詳しくない。だから組み合わせとかそういうのは全部店側に任せている。こういうのは素人があれこれ注文しても見栄えは良くならないものだ。元気よく小走りで店内へと入っていく子供を見送り、目線を合わせるために曲げていた膝を伸ばす。すると上から視線を感じた。
「随分と優しいじゃない」
「別に普通だろ?」
「その優しさを少しでもおれに向けてくれりゃあ、可愛げがあるんだけどなぁ」
店の入り口をくぐって入っていく男の背中に呆れた目を向け、そんなもんなくて結構だと心の中で吐き捨てた。
そのまま飾れるようにとアレンジも含めた花の選別には少々時間がかかる。出来上がるのを待つために店の前のベンチに座っていると、注文を終えたであろうアイマスクの男も隣に腰掛けた。それから流れるように新聞を手渡される。もちろん、連絡船が海賊に襲われたなんてニュースは載っていない。あのレベルは日常茶飯事というわけだ。
新聞を捲ると今回も手配書が数枚挟まっていた。よくもまぁ次々に賞金首が生まれるものだと適当に眺めていると、一番下にある手配書は他と比べて経年劣化していることに気付く。気になって引っ張り出すと、そこにはよく知る顔が写っていた。しかし海軍に撮られた海賊らしいニヒルな笑みは、一度も見たことのない俺の知らない表情だった。
じっと手配書を見ている俺に気付いたのか、隣で今にも寝そうだった男が身を乗り出す。
「ん? あーそれね。処分すんの忘れてた」
「処分……捕まったのか?」
「死んだらしいよ。身内に殺されたっつー噂だ」
まるで普通の日常会話をするような感覚で告げられた事実に、一瞬、思考が止まってしまう。海軍であるこの男にとっては、ただ厄介な海賊が一人減っただけ。そんな認識なのだろう。
だが、俺にとってはどうだ。
「もしかして好みの男だった?」
「……まぁ、そんなとこ」
「ふーん。そりゃ、残念だったね」
興味を失くしたかのようにアイマスクを目元へずらし、男はそのまま寝る体勢に入った。
俺も関わらなければ暢気でいられたのに。いや、顔見知り程度で済ませておけばよかったんだ。どうして忘れてしまっていたのだろう。人は必ず死ぬものだと知っていたのに。何度も味わってきたはずなのに。どうして同じ失敗を繰り返してしまうのか。
握った手配書が細かなシワを作った。
「俺が捨てとく。明日はゴミの日だから」
「お、悪いね」
捨てる、と言った手配書を折り畳んでポケットの中へと忍ばせた。本当に捨てるかもしれないし、捨てられないかもしれない。そこに写っていたのは馴れ馴れしくも、なぜか気を許せてしまう海の上の料理人だった。