正義を執行する立場の人間でも息抜きは必要不可欠だ。ましてや何を考えているのか掴みどころのない同僚と、堅苦しい同僚に挟まれていれば心労も溜まるというもの。だからこうして部下を置いて、こっそり抜け出しては夜の街に出向いている。それをサボりだと言われるのは残念なことこの上なかった。
とはいえ、そう頻繁に出歩いてはさすがに減給ものである。前回訪れた時から少し期間を空けて、クザンは足蹴なく通う島へとやってきた。賑わう中央街を素通りし、妖しげな雰囲気の漂う遊郭街に向かう。お気に入りの店の女の子は皆が魅力的で、見惚れる程に美人で、最高の夜を過ごせるのだ。
「あーらら。どうしちゃったの、その怪我」
今夜はどの子に相手をしてもらおうか。煩悩にまみれた考えを巡らせながら目当ての店に到着すると、すっかり顔馴染みとなった青年の様子に思わず声をかけた。
以前、サカズキから民間の船を襲った海賊を数人返り討ちにした青年がいたと聞いた。それが彼だと知ったのは派手な怪我を負っていたからだ。それから随分と経ち、怪我の具合も落ち着いてきたというのに何故か真新しい傷が増えている。初めて会った時から印象に残っていた端正な顔にも痣ができており、クザンは思わず眉を寄せた。
青年は睨み上げるようにこちらを上目で一見し、すぐに視線を反らしてしまう。いつもと同じような反応ではあるが、どこか違和感を覚えた気がした。それに嗅ぎ慣れない煙草の匂いもする。
「綺麗な顔が台無しじゃないの。厄介な客でも来た?」
「……あんたに関係ねぇだろ」
「まぁ、なんだ……これでも心配してんのよ」
この店に用心棒として雇われ始めた頃からの青年をクザンは知っている。当初からそれなりに喧嘩は強かったが、それでも一般人レベル。けれど日を追うごとに戦い方を学び、強さを身に着けていったおかげか、店で暴れるような客相手には無傷で事を収められるようになった。そんな彼が痛々しい怪我を負うなんて余程手に余る相手に違いない。
ロギア系の能力者である自分とは違い、すぐに傷が治るわけではない普通の体。服で隠れてはいるが、海賊どもにつけられた傷もまだ痕が残っているだろう。もしかしたら元通りに治ることもないのかもしれない。とても脆い身体だ。
二人の横を、客の腕に身を寄せるように抱き着いた娼婦が通り過ぎていく。本当なら自分もああして綺麗な子を捕まえて熱い行為にどっぷりのはずだった。それができない理由が目の前にあって、何故という疑問も湧かなくて、クザンはそっと内出血で青く変色した青年の頬に触れる。能力のせいで人よりも低い体温が、じんわりと相手の熱を奪っていった。
もし彼の頬に、額に、目元に、口元に、傷が一つでも残ってしまったら、きっと残念に思うのだろう。
「俺、何かした?」
「は?」
「あんたに気にかけてもらう程のこと、何かした?」
「なに、って……怪我人がいれば誰だって心配はするでしょうが」
一方で、誰にでも隔てて寄り添うほどの優しさをクザンは持ち合わせていない。市民は守るべき対象で、弱者は庇護すべき対象だが、その正義感が優しさと必ずしも同じとは限らない。
だから青年に向けているそれは特別を意味していた。友人として向けている感情なのか、それとも別の何かなのか。いや、友人の域にすら到達していないのかもしれない。だが、名前を付けるのすら惜しいくらいには、この関係性を気に入っているのは確かだった。今はそれ以上を望んではいない。
勘の鋭い青年がクザンの言葉の裏に隠された複雑な想いを察したのかは解らない。
「なら無駄だよ。これが俺の生き方だから」
「なんつーか、お前さんも困った奴だよね」
頬に触れていた手は素っ気なく払い退けられてしまう。けれども、こちらを見上げてくる表情は生意気なくらいに整った挑発的な笑みで、何故かそれにホッとした。なんとなく、いつもの調子に戻ったとそう感じたからだ。
「もういいだろ。さっさと姐さん方の相手してこいよ」
「なんだ、おれの相手してくれないの?」
「タイプじゃねーし」
「相変わらず釣れねーなぁ」
追い払うように手を振った青年を見下ろし、口元に笑みを浮かべた。年下のくせに年上を敬わない不遜な態度で、多少こちらを雑に扱ってもらわないと調子も狂ってしまう。そう無意識下で思ったのだ。それほど相手に対し親しみを抱いている。
それでも、店内へと入っていくクザンから視線を逸らした彼が浮かべた表情に気付かないくらいには、まだ距離は遠かった。