サカズキは獣を求める


 得物を狙う獣のような静かで鋭い瞳。それを二度、サカズキは向けられた。
 訓練を兼ねた巡回ルートの一つに観光業の盛んな島が組み込まれている。人の出入りが激しいその島には賞金首の目撃情報も多く、船の補給物資調達にも役に立っていた。海兵たちの息抜きにはたるんでいるの一言でも言ってやりたいが、根を詰めすぎていざという時に使い物にならないのは困るので多少は目を瞑るしかない。同期にも「皆がサカズキみたいに常時気を張ってたらそれこそ早死にしちまうよォ」と余計な世話を焼かれたばかりだ。
 島に上陸したサカズキは海賊との交戦を終えた船の点検と必要物資の確認を部下に任せ、戦闘で昂った気を静めるため散策に出た。観光地として有名なこの島だが、人の賑わう街を離れれば静かな自然が広がっている。そのためたまに島の反対側や入り江には海賊船が停まっていることもあり巡回も兼ねての散歩だ。
 ふと、人の気配を感じて足を止める。野生の花が咲き広がる丘の先に誰かが立っていた。あの先に道はなく、足元には崖と果てしなく続く海しかない。気にも留める程のことではなかったがその後ろ姿には見覚えがあった。頭を過った考えは自分でも馬鹿げていると思う。己の命を顧みず海賊に立ち向かうような男が、そんな浅はかなことをするはずがないと。けれど俯くように手元の何かを見ている後ろ姿は記憶の中にいる青年の印象からはかけ離れていた。サカズキは眉間にシワを寄せてゆっくりと歩きだす。
 風に乗って耳に届いたのは紙の破れる音だった。段々と引き裂かれる間隔が短くなり、青年との距離があと数歩の場所まで来た頃には無残な紙屑になってしまったそれは大海原へと飛ばされていく。

「飛び降りるとでも思った?」

 空気の波にでも流されるように散らばっていく紙片を見上げていた青年がこちらを振り返った。自嘲気味に笑うその瞳に、あの時自分を見つめた野性的な光はない。少しずつ心に不満が募っていく。

「思うちょらん」
「ふーん……ま、どうでもいいけど」

 そう言って真横を素通りしていく青年を呼び止める術をサカズキは持っていない。腕を掴んだところで意味はないと解っている。望んでいるあの瞳はそこにはなく、自分の中にいる獣を刺激するような静かな荒々しさも鳴りを潜めていた。勿体ない。そう思うと同時に苛立ちが増す。誰が彼の牙を折ったのかと。
 足元の雑草に絡まれ飛ばされずにいた紙片を拾い上げると、青年が破り捨てたのは手配書なのだと判明した。名前も顔も判別できない一部に過ぎないが、海賊という忌まわしい存在があの輝きを奪ったことは確実だ。そう、サカズキにとってはそれで充分なのである。握りしめた紙片は拳の中でドロリと溶けてなくなった。

 船の整備もあり出港の予定を翌朝に決めたサカズキはその日の夜に遊郭街へと向かった。青年がどこの誰であるかは海賊が襲った連絡船での件ですでに調査済みである。
 コートをかけたままではさすがに人目を引くがそれを気にするような男ではない。迷いなく目的の店へやってきたサカズキは店先の樽に腕を組んで寄りかかる青年を一見すると中へ入っていく。そして懐から出した銭を女亭主に渡してすぐに踵を返し、ぼんやりと夜の街を眺める目当ての人物の前に立ち塞がった。

「今夜おどれを買った」

 その言葉に顔を顰めた青年は店内を覗き込み、銭を数える女亭主の姿を確認すると小さく肩を竦めた。それから呆れたように再び樽に寄りかかりこちらを見上げてくる。

「男娼は取り扱ってねぇけど」
「知っちょる」
「俺を抱きてぇの?」
「あぁ」

 間を置かずして返答をすると、一瞬青年の瞳が揺れたのをサカズキは見逃さなかった。何かに迷っているようなそんな戸惑いを。それは抱かれることへの不安ではなくもっと別の何かだとなぜか確信できた。その原因に海賊の存在があることも。

「……一度寝た相手とは二度寝ない。今回限りだ」
「構わん」

 一度あればいい。獰猛でいて粛然とした獣のようなあの瞳を蘇らせることができるなら手段は問わない。自分の手で彼の中にいる誰かを消し去ってしまえればいいのだ。そうすればまた己の力のみを信じる純粋さを拝めることができるのだから。例えそれが自分に向けられる憎しみからでも構わない。
 そんな想いのこもった力強い目から逃れるように青年が視線を逸らした。

「好きにしろよ」

 諦めを含んだ声音に苛立ちを覚えながらもサカズキは握りしめたら折れてしまいそうな腕を掴み、彼が寝床として使用している部屋へと向かった。どうしてここまで感情を支配されるのかが解らない。一つ理解しているのは彼の中に眠る獣を好ましいと思っていることだけだ。だからなのかもしれない。ただ弱くなることは決して認めることができなかった。