ハットリを手当てする


 切るのが面倒で伸びた髪を緩く結び、洗ったばかりの洗濯物を屋上で干していると頭上が騒がしくなる。見上げれば数羽の鳥が一羽の白い鳥を追い回していた。鳥の世界でも争い事は起きるもんなんだな、と早々に興味を失くし作業を再開しようと籠に手を伸ばす。すると何かが勢いよく籠の中へ落ちてきた。綺麗に洗ったシーツに埋もれるのは白い鳥だ。パニックになっているのかジタバタと暴れている。だが片翼を怪我しているようで飛び立つことはできない。暴れれば暴れるだけ同じく白いシーツには赤い滲みが点々とできていく。

「落ち着け」

 これは早いところ洗い直さないと染みを落とすのが面倒だと思いながら、籠から飛び出したシーツの端を掴んでそのまま白い鳥に被せた。視界が遮られたことで段々と落ち着いていく様子を手元で感じながら空を見上げる。仲間同士で会話をするように鳴き声を上げなら上空を旋回していた鳥たちは暫くするとどこかへ飛んで行ってしまった。これ以上面倒事が増えることはなさそうだ。そう安堵していると手元からクルッポーとこもった鳴き声がして視線を下ろした。ゆっくりと被せていたシーツを退けてやるとつぶらな瞳がこちらを見つめてくる。

「落ち着いたか?」
「ポッポー」

 そう問えば短い鳴き声が返された。人の言葉が理解できるのだろうか。だとしたら賢い鳥だ。よく見れば鳩だと解ったその鳥はなぜか首にネクタイを締めていた。どう考えても人の手で着飾らされたそれに野生の鳩ではないことを察する。綺麗に手入れされていたであろう羽毛はひどく汚れてしまっていて、血の滲んだ傷口は痛々しい。
 手早く残りの洗濯物を干し、籠の中でじっとこちらを見上げていた鳩をシーツに包んで自室へと戻る。元々営業用に使っていた部屋の無駄に広いベッドに鳩を下ろし、狭いクローゼットに仕舞われた応急セットを持ち出した。この島には獣医はおらず、獣向けの薬屋なんてものもない。人間用のアルコール消毒しか持ち合わせていないが、まぁ平気だろう。
 それから部屋に置いていた水の入った瓶を持ってベッドに腰かけ、どうせもう一度洗うからとシーツの一部にそれを染み込ませた。こちらの意図を理解しているのか大人しくしている鳩の羽根の汚れを拭きとる。ある程度綺麗になったら今度は消毒液を吸ったコットンを傷口に軽く押し当てた。

「ッポー!!」
「こら暴れるな。傷が酷くなるだろ」

 傷に沁みたのだろう翼を広げて羽ばたかせる鳩を上から抑え込むようにして抱え膝に乗せる。これまで動物を飼ったことはなかった。ましてや鳥の扱いなんて想像レベルでしかない。落ち着かせるために背中を撫でれば次第に動きが緩やかになり、やがて翼を折り畳んで静かになった。

「悪く思うなよ。俺は医者じゃねーんだ」

 そう声を掛けながらコットンで傷口に触れる。今度は暴れることはなかったが、痛みに耐えるように体を強張らせつぶらな瞳は潤んでいた。
 治療を終え包帯の巻かれた片翼を眺めていた鳩がこちらを見て一声鳴いた。お礼でも言っているのだろうか。どういたしまして、と気まぐれに返事をしながらベッドにあった枕を窓際にあるチェストの上に置く。それを興味深そうに視線で追っていた鳩を抱き上げ、窓から差し込む日差しに照らされた枕に乗せた。

「飛べるようになるまで大人しくしてな」

 汚れたシーツを小脇に抱え部屋を出ていく背中に可愛らしい鳴き声が届けられ思わず口元が緩んだ。
 それから数日間、早く飼い主の元に戻りたいだろうに怪我の具合が落ち着くまで鳩は飛び立とうとはせず健気なものだった。それでも部屋でじっとしているのは暇なのか人の肩に勝手に乗ってきては姐さん方に可愛がられている。その満更でもない様子に飼い主の存在を忘れているんじゃないかと呆れてしまう。
 営業を終えた朝方、ベッドに腰かけながら小皿に乗った餌を啄む鳩の片翼に巻かれた包帯を解く。観光地ということもあり観光者向けの鳩の餌が売っていたのは助かった。人の食べ物が動物には毒だというのはよくあることだ。他人のペットにもしものことがあってはさすがに目覚めが悪い。そんなことを考えながら傷の様子を見れば、羽根に埋もれた皮膚にはまだ傷痕は残っているが傷口は塞がっていた。

「ちょっと飛んでみろ」
「ポッポー!」

 一際元気な鳴き声を上げた鳩は翼を広げて羽ばたいた。そして二周、三周と部屋の中を飛んでから当然のように人の肩に降りてくると器用に片翼を広げ、まるで問題ないとでも言うように胸を張った。

「もう大丈夫そうだな」

 ベッドから立ち上がり窓際へ近寄ると鳩は慣れた動作でチェストの上に置かれた枕へ飛び乗った。それに思わず苦笑を漏らしながら窓を開ければ爽やかな朝の風が前髪を揺らした。

「お前の好きな時に帰りな。待ってる奴がいるんだろ」

 指の背で柔らかな羽毛を撫でるとまん丸としたつぶらな瞳がじっとこちらを見上げてきた。それから何かを訴えるように鳴かれたが、残念ながら鳩の言葉は解らない。他の鳥に襲われないよう気をつけろよ。笑いながらそう言葉を続けて、ベッドへと横になる。腕を枕替わりにし目を閉じて暫く、後ろ髪を啄まれる感触がしたが振り向くことはしなかった。
 朝日が昇っていくのに比例して脳が眠りへと落ちていく。瞬間、翼の羽ばたく音がした。その羽音は少しずつ遠くへ行ってしまい、やがて聞こえなくなった。