ペロスペローの首輪


 ティアラのように細部まで洗練されたデザインが行き届いたそれは、花嫁を美しく着飾るものでもなく、王位を示す象徴でもなく、縛り付け逃げる事を許さない鎖であった。隙間なく首元にぴたりと張り付いた滑らかな装飾品はペロスペローが自らの能力を使って作り上げたものだ。一見するとアクセサリーチョーカーのようだが、緩めるも締めるも創造者が自由自在に加減できる華やかさには遠く及ばない首輪である。
 熱で溶ける度に作り直している舐めれば甘い飴の枷を着けているのは少し前に拾った青年だ。黒ひげ海賊団に襲撃されたとある春島での生き残りで、共に運良く生き延びた幼い少女の命のために死にかけの状態で懇願してきた哀れな男。

『この子に、手を出すな。この子だけは……助け、て……くれ』

 火傷を負った爛れた手で足を掴まれ、こちらを見上げてくる瞳は掠れた声に似合わない程の鋭さがあった。このまま見過ごして死にゆく姿を眺めるのも一興か。そうして手を振り払おうとしたが、青年をおにいちゃんと呼び涙を流す少女の声にほんの僅かな同情が芽生えてしまう。自分を慕う弟妹を守りたいと想う気持ちはよく理解できる。
 ホイップクリームのような甘い判断でその手を取り、律儀に治療を施してから逃げられないよう枷を与えて配下の戦闘員とした。欠けた戦力を補強したいと思っていたところだから丁度いい。
 命乞いをしてきたとは思えないほど警戒心の強い青年は獣のように噛みついてきた。一方で少しでも少女の存在を仄めかせば嘘のように大人しくなる。手玉に取ったようなその反応が面白くもあり、妹を守らんとする義侠心を前には生意気な態度も許容できた。どれだけ反抗されようとも命を握っているのはこちらなのだ。不自由の中でも多少の自由は与えてやるべきだろう。
 だが、躾というのは最初が肝心だ。
 ビッグ・マム海賊団の本拠地、万国はホールケーキアイランドを含め34の島々からなる。それぞれが大臣の役割を持つママの子供たちが統治しており、ペロスペローもその一人である。
 自身が治めるキャンディ島ペロリタウンにある飴で作られた城の一室で、床に膝を着く青年を見下ろした。

「お前は目を離すとすぐに外へ行こうとするな」
「はっ……ッ……」
「悪い子だ」

 細長い指を軽く動かせば、飴で作られた首飾りは気道を締め付けるように縮んだ。じわり、じわり、と呼吸を奪っていく。これは一歩たりとも城から出てはいけないという言いつけを守らない青年への躾である。決して加虐趣味で行っているわけではない。ここでのルールを身に着け、置かれた立場を理解でるようになれば、外へも連れ出すし少しずつ放し飼いにもしてやるつもりだ。

「っ、あの子は、どこだ」
「この島で楽しく過ごしていると言ったろ」
「一目、だけでもいい……っは……確かめたい」
「それは許されねェ。兄貴が妹を守らなくてどうする? せっかく拾ってやった命なんだ無駄にするのはお勧めしないぜ」

 だが単独でペロリタウンへと行かせることは今後一切変わらず許可することはできないだろう。交渉の手札を失くしては意味がない。
 隙を見逃すことなく脱出を図る度に呼吸を奪われてもなお、青年の瞳からは諦めの色を伺うことができなかった。だが構わない。そう簡単に心を折られては楽しみが減ってしまう。細やかな抵抗など甘いスイーツに添えられたほろ苦いアクセントのようなもの。
 しかし、ママのナワバリであまり勝手をされるのも困る。最終的に責任を取らされるのは拾った張本人であるペロスペローなのだから。

「妹のためにもイイ子にしてろよ。ペロリン♪」

 キャンディケインで顎を持ち上げれば、苦し気に顔を歪めながらもその瞳は光を失っていない。それに満足して首飾りを緩めれば、急に広がった気道に青年は咳き込み肩で呼吸を繰り返した。首に着けた飴細工は誰が主人であるかを自覚させるため。誰がその命を握っているのかを刻み込むため。
 もちろん罰を与えるだけではいけない。甘い甘い褒美も平等に恵んでやろう。
 こうして飴と鞭を上手く使い分けていれば従順なくらいに働くようになり、日頃のストレスを発散させるには丁度いい相手にもなった。おまけに簡単に捨てられる都合の良い手駒となれば飽きるまでは飼い育てるのも悪くはない。
 角砂糖一個分の同情で拾った青年は、悪魔の実の能力を持たない数多の戦闘員の中でも役に立つ方だった。だが、ビッグ・マム海賊団からの認識はペロスペローのペットという印象のほうが強い。特別な種族なわけでもなく、金を持つ貴族でもない。ただの平民を気まぐれに拾ってきては手元に置いているのだからそう思わても仕方ないだろう。一体どこがそんなに気に入ったのかと弟妹たちは呆れるが、それには誤魔化しの笑いを返すだけで明確な返答はしなかった。
 なぜならその答えをペロスペローはまだ持っていないからだ。